丸山眞男の憂鬱 (講談社選書メチエ)
かれこれ2年半ぐらい丸山眞男論を書いているのだが、なかなか先に進まない。彼の書いた学術論文は少ないが、講演や座談会が膨大で、いまだにそれが出版されるからだ。丸山を論じた新刊も出るので、先行研究を踏まえるアリバイとして読まざるをえない。本書もその一つだが、アリバイ以上の意味はなかった。一般読者にはおすすめできない。

丸山論のほとんどは弟子がありがたがる讃辞で読む価値はないが、たまに批判する本は文献を読む手間を省き、一部をつまみ食いして「群盲象をなでる」になってしまう。本書は「闇斎学と闇斎学派」を読んで(同じく闇斎学派を論じた)山本七平の『現人神の創作者たち』と比較するが、これは私の『「空気」の構造』と同じで、誰でも思いつく発想だ。

ところがこの比較だけで、本書はいきなり「私は丸山は、近代主義者ではないと思う。なぜなら、近代とはなにか、丸山はわかっていないから」(p.205、強調は原文)と断定する。それ以外に引用しているのは、丸山が20代に書いた『日本政治思想史研究』だけだ。これはまるで巨象の鼻をなでて「象とは筒のようなものだ」という盲人みたいなものである。私もこうならないようにしようと自戒した。

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