戦争がイヤなら 憲法を変えなさい
国民主権と平和憲法が戦後日本の「表の国体」だとすれば、「裏の国体」は対米追従と在日米軍である。この二重構造は、劣化左翼にとっては「知ってはいけない」話らしいが、自民党政権には戦後ずっと受け継がれてきた。

もちろんアメリカが日本の主権者だということは、いかなる法律にも条約にも書かれていない「密教」だが、1981年に著者が日本国憲法を書いたケーディス(当時のGHQ民政局次長)に「第9条の目的は何だったのですか?」と質問したとき、彼は「日本を永久に非武装のままにしておくことです」と答えた。マッカーサーのメモには「自国の防衛のための戦争や戦力も放棄する」という指示があったが、その部分をケーディスが削除したのだという。

「戦後日本の国体」の呪縛

それは半年前まで敵国だった日本を無力化する占領統治としては、当然の規定だった。ところが憲法は占領の終わったあとも改正されず、アメリカが主権者のまま、日本の防衛に誰が責任を負うのか曖昧な状態が続いてきた。そのとがめが朝鮮半島の「準有事」の今、表面化している。

アメリカが主権者だという被害者意識を明示的に書いたのは、1980年に江藤淳の書いた『一九四六年憲法』だった。彼は新憲法が「条件つき降伏」を求めたポツダム宣言違反だと批判し、今も日本の主権者はアメリカだという「密教」があるという。

この認識は正しいが、この「密教」は江藤(や安倍首相を含む多くの保守派)の思っているように、アメリカに「押しつけられた」まま今日に至っているのではなく、1950年と51年の吉田=ダレス会談で、アメリカが2度にわたって求めた再軍備を吉田が拒否した結果なのだ。

それは当時としては、妥当な判断だったかもしれない。朝鮮戦争の始まった当時に日本が再軍備していたら、朝鮮戦争に「巻き込まれた」ことは確実である。それを避けることが、吉田の「当面の効果に重きを置いた判断」だった。このころはガラパゴス左翼のいう「巻き込まれ論」にリアリティがあり、知識人の唱えた「全面講和」にもそれなりの意味があった。

冷戦とその終了で変質した日米同盟

しかし冷戦で、日米同盟は大きく変質した。当初は旧敵国たる日本を封じ込めるためにできた安保条約は1960年に改正されたが、自衛隊には米軍を守る義務も能力もない。それはアメリカが押しつけた憲法のおかげだからアメリカも我慢していたが、80年代に日本が「経済大国」になると、「経済的な敵国」として日本に防衛負担を求めるようになった。

そして冷戦の終了で、日本は対等な同盟国になるよう求められたが、このころにはアメリカが「顕教」として押しつけた平和憲法が国民に浸透する一方、外務省を初めとする官僚機構には「密教」が定着し、その二重構造が固まってしまっていた。

湾岸戦争やPKOに日本が後方支援するだけで「顕教」を守る野党が国会で騒ぎ、「密教」である日米同盟を攻撃した。2014年の安保法制についての閣議決定は、この戦後日本の国体のゆがみを正す第一歩だったが、翌年の憲法審査会の失敗で、国会はまた90年代に戻ってしまった。

しかし国際情勢は、冷戦時代とは大きく変わっている。アメリカはもはや日本を「属国」として支配しようとしてはいない。本書も指摘するように、アメリカは90年代から「憲法を改正して対等な同盟にする」ことを日本政府に求めてきたが、自民党政権は「国民の合意」が得られないことを理由に、安倍政権まで問題を先送りしてきた。

皮肉なことに、GHQが1週間でつくった暫定的な憲法が――かつての教育勅語のように――日本人の感情レベルに定着してしまい、危機管理を混乱させている。この「戦後日本の国体」を変えるチャンスは多くない。国民に危機感の共有されている今こそ、憲法改正を国会で論議するときである。