「維新革命」への道: 「文明」を求めた十九世紀日本 (新潮選書)
来年は明治150年である。私の子供のころは「明治100年」を祝賀するのは保守的な人で、明治維新を「不十分な上からの革命」として否定するのが進歩的な人だった。今はそれほどわかりやすい対立はないが、安倍政権の「明治150年記念事業」に反対することが進歩的だという対立は残っているようだ。

しかしこういう対立に、今も意味があるのだろうか。そもそも「明治維新」という区切りがあったのかという問題について、最近の歴史学はどちらかといえば否定的だ。もちろん制度上の区切りはあったが、17世紀から続く「長い江戸時代」の中で、1868年がそれほど特権的な節目とは考えられていない。今の社会の基本的な枠組は、江戸時代にできたという見方が多い。

明治維新は革命としては低コストだったが、政権の自称した「王政復古」(Restoration)だったわけではない。「文明開化」で見かけはがらっと変わったが、文明の中身は江戸時代と連続していた。江戸時代は中世というより近代に近く、それを「近世」と呼んでも問題は解決しない。本書は江戸時代を日本の「文明」が生まれた時期だと考えるが、それは実に独特な文明だった。

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