憲法をめぐる不毛な論争は、丸山眞男などの「戦後民主主義」の残した負の遺産である。今では護憲といえば第9条に争点が限られているが、当初はそうではなかった。丸山は1946年3月に新憲法の政府案が発表されたときの衝撃をこう回顧している。
いちばん予想外だったのは、第九条の戦争放棄ではなく、第一条の人民主権でした。その前後に各政党が憲法改正案を発表していましたが、社会党でさえ国家に主権があるという国家法人説で、高野岩三郎さんの私案と共産党以外はどこも人民主権を謳っていなかった。(「戦後民主主義の『原点』」)
新憲法の手本とした合衆国憲法には「国民主権」という言葉はない。前文の「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」というのは、リンカーンの有名な"government of the people, by the people, for the people"を下敷きにしたものだが、これはおかしい。最初の"of the people"を「国民に由来する」と解釈すると、次の"by the people"と同じ意味になってしまうからだ。

これについては昔から多くの議論があるが、結論からいうと、peopleをgovernの目的語と解するのが通説である。つまり民主政治は人民を対象とし、人民によって行われる政治であり、そこには「主権者」というロマンティックな意味は含まれていなかったのだ。

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