マルチバース宇宙論入門 私たちはなぜ〈この宇宙〉にいるのか (星海社新書)
一時ポストモダン業界で流行した新実在論は「ヒュームの問題」を解こうとするものだが、その答は物理学で30年前に提唱された人間原理と同じだ:世界がどういう形で存在するかは(論理的には)偶然だが、こういう形で存在することは(現実的には)必然である。そうでなければ、人間が生存できないからだ。

これは多くの人が指摘しており、そういう論文集も出たが、メイヤスーは批判に答えていない。彼の議論は物理的実在を「ガリレオ的な数学的整合性」で基礎づけようとするトートロジーである。物理学ではそんな幼稚な段階はとっくに過ぎ、宇宙は10500以上あるというマルチバース(多宇宙)仮説を観察データで実証する試みが行われている。

著者はカリフォルニア大学バークレーでそういう研究を指導する立場にあるが、ここ10年ぐらいでマルチバースに対する学界の見方は大きく変わったという。昔はランチタイムの茶飲み話だったが、最近は学会発表で多くの状況証拠が出され、少なくとも真空のエネルギー(宇宙定数)が10-120になる事実はマルチバース以外では説明できないらしい。

これはポストモダンのようなお話ではなく厳密な理論だが、新書版で正確に解説できるはずがない。私もよくわからないが、イメージとしては、水が相転移して気体になるようなものらしい。気化するとき、すべての水が一様に気体になるわけではなく、液体の中に泡がたくさんでき、それが結合して水蒸気になる。それが宇宙の場合には、泡が爆発的に増えるので、図のように宇宙が分岐するのだという。

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これは超弦理論という物理学の理論でも予言されており、当初から10500以上という桁とされていた。これは無限大というのとほぼ同義なので大した意味はないが、少なくとも理論的には、マルチバースの存在は昔から一貫して予想されていた。これを人間原理と呼ぶのはミスリーディングで、この宇宙以外は生命の住めない非人間的な宇宙だろう。

もう一つは、量子力学の多世界理論との関係である。シュレーディンガー方程式を素直に解くと、物理量は一つに決まらず、確率分布しかわからない。これがなぜ古典力学では一つに決まるのかというのは、100年前から物理学者を悩ませてきた「観測問題」だが、Everettの理論では、世界は文字通り無数の世界の重ね合わせだという。

これは直感には合わないが、「波動関数の崩壊」などの奇妙な仮説なしに量子力学と古典力学の関係を説明できる。著者はそれを数学的に一貫した理論として発表したらしいが、これも新書版ではさっぱりわからない。ほとんどの人にはわかる意味もないが、たまには夏の夜空を見て、宇宙の果てしない謎に思いを馳せるのもいいのではないか。