ヘーゲル・セレクション (平凡社ライブラリー)
廣松渉はマルクス主義者を自称していたが、学生には「ヘーゲリアン」といわれていた。その割には彼のヘーゲルについての著書はなく、本書はアンソロジーという形で書かれた廣松の数少ないヘーゲル論である。1975年の本の再刊なので、さすがに文献学的には古いが、新実在論でヘーゲルが再評価されているいま読むと、意外な発見がある。

廣松が授業で強調していたのは、ヘーゲル哲学は神学だということだった。弁証法とかトリアーデなんて目くらましで、「あれは三位一体に迎合したんですよ」という。これは最近の文献学でも確認され、ヘーゲルは宗教戦争の続くドイツを統一する思想として、カトリックとプロテスタントの共通点である三位一体論を正統化するために、あの奇妙な論理を考えたのだ。

彼の思想は弁証法とは逆の「否定の哲学」であり、本書にも「神は逝きぬ。神は死せり」(『宗教哲学』)という言葉が出てくる。ヘーゲルはニーチェを先取りしており、そういうニヒリズムを超克するために、あの壮大な哲学を構築したのだ。

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