葉隠 上 (岩波文庫 青 8-1)
丸山眞男の講義録を読んだとき、『葉隠』が高く評価されているのに最初は違和感があった。有名な「武士道といふことは、即ち死ぬ事と見附けたり」という言葉が「死の美学」として軍部に利用され、戦後は禁書になった本だから、彼はそれを否定するのかと思うと逆なのだ。

といっても丸山の文献考証は、三島由紀夫のような主観的な読み込みではない。特におもしろいのは「釈迦も孔子も楠木も信玄も鍋島に被官しなかったから当家の家風に合わない」という山本常朝の言葉だ。鍋島家(佐賀藩)への忠義が仏教や儒教などの普遍的な原理より上に位置づけられるのは、丸山のいう「日本的特殊主義」の極致である。

山本にとって世界=鍋島家であり、それは「七生迄も鍋島侍に生れ出で、国を治め申す」という強烈な愛着の対象だった。彼はその心情を「恋の心入れの様なる事なり」という。ここで恋する対象になっているのは主君ではなく、鍋島家である。
会社に恋するサラリーマン

これは丸山も指摘するように、戦場から離れてサラリーマン化した武士の心情を見事に表現している。「鍋島家」を「会社」や「役所」に置き換えれば、現代の日本社会で出世する心がけとしても読める。サラリーマンに何より求められるのは「会社に恋する」忠誠心だ。前川喜平氏は、現代の山本常朝ともいうべき存在である。

ここでは藩主は、鍋島家を維持するための「機関」にすぎないので、個人としての藩主に対する忠義より「家」に対する忠義が優先する。そこで家を守るために主君に諫言することが、最高の倫理として説かれる。「奉公人の至極[最高の務め]は家老の座に直りて、御意見申し上ぐる事に候」という。

これは個人的な「利慾」を離れた行動だが、現世的な出世とは無関係ではない。隠居して『徒然草』などを読むのは武士の道ではなく、「兼好・西行などは腰抜」だという。常朝自身は出世コースをはずれていたが、それは抽象的な道徳ではなく、出世して家を運営するためのアドバイス集だった。

その「家」への忠義は儒教的な主従関係ではなく、丸山の表現でいうと「下から上に吹き上げる主体性」だが、その心情は藩主でも親族集団でもない「共同体への恋」だった。それは激しい言葉で書かれていたので禁書となったが、鍋島藩では細々と読み継がれ、その「主君を主君たらしめるために意見する」倫理が、「国を守るために徳川家を倒す」という尊王攘夷のイデオロギーになった。

丸山は「葉隠の論理は、幕藩体制の解体状況の中ではじめて志士のなかにその対応物をもった」というが、『葉隠』がそんな直接の影響力をもったわけではない。むしろ江戸時代のサラリーマン化した武士に共有されていたフラストレーションが、尊王攘夷という形をとって吹き上げたのだろう。