現金の呪いーー紙幣をいつ廃止するか?
タイトルは奇妙だが、オカルト本ではない。著者はハーバード大学教授だが、金融理論の本ではない。地下経済という厄介なテーマを実証データで論じている。これはJBpressにも書いたように意外に深刻な問題で、その規模は主要国の平均でGDPの14.2%、日本は9.2%だという。

しかし定義によって、地下経済の正確な規模はわからない。世界全体の総資産、約100兆ドルの8%以上がタックスヘイブンにあるというのがピケティの推定だが、本書の推定もほぼ同じだ。その大部分は高額紙幣で、日本で流通している通貨の(金額で)90%以上が1万円札だという。

ハイテク化しているのに、現金の流通は増えている。それは金利が低下してマイナスになったためで、「タンス預金」はマイナス金利より得だ。これが金融緩和のきかない一つの原因になっている。足のつかない現金は脱税や犯罪の温床なので、高額紙幣を廃止すべきだというのが本書の提案である。
現金の保有コストを高めて投資を促進しようというアイディアは新しいものではなく、ケインズが冗談で提案した「スタンプつき貨幣」の元祖であるゲゼルから100年以上の歴史がある。最近のマイナス金利は、それを中央銀行が実行に移したものだが、肝心の現金の保有コストがゼロなので、かえって現金保有を増やした。

そこで高額貨幣を減らそうという提案は合理的だが、それだけで地下経済はなくならないだろう。地下経済の中心地はケイマン諸島ではなく、ロンドンやニューヨークであり、英米の政府はそれをなかば公認しているからだ。これが投資銀行の仕事であり、ブッキングだけで巨額の利益が出るビジネスは根絶できない。

本書はビットコインなどの電子通貨が現金に取って代わる可能性については否定的だ。ブロックチェーンの技術には将来性があるが、それが中央銀行を不要にすることはないという。最近もビットコインやイーサリアム(分散台帳システム)が暴落したように、その信頼性は低い。むしろ中央銀行が電子通貨を発行すると、それが未来の通貨になるだろう。

疑問が残るのは、タックスヘイブンの最大の原因である税制(特に法人税)にまったくふれていないことだ。これは大問題で、それだけでも1冊の本が必要だが、IMFの理事だったロゴフが知らないはずがない。これに言及しないのは、英米の既得権だからだろうか。