教育には、人的資本を高める効果とシグナリングの機能がある。小・中学校の教育は人的資本を高める効果が高いが、高校教育の効果は疑問だ。大学(特に文系)が人的資本を高める効果はほとんどないが、一流大学の私的収益率は高い。それは「私の能力は高い」と示すシグナリングの効果が大きいからだ。

これを簡単な図で考えよう。2人の労働者AとBがいて、生涯賃金も勉強のコストも教育年数の増加関数だが、Aの勉強コストはBより高いとする。企業がAとBのどちらを雇うか判断するとき、どちらも「私の能力は高い」といっても、Aが高卒でBが大卒だと、Bのほうが勉強のコストが低いことがわかる。Bの生涯賃金よりコストが高くなる教育レベルが高いからだ。

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勉強のコストが能力の減少関数だとすると、企業は2人の能力を知らなくても、学歴というシグナルを見ればよい。だから大学で人的資本が高まる効果がゼロだとしても、大学の存在価値はある。学歴というシグナルで、企業が有能な労働者を選別するコストを節約できるからだ。

ここで大学(高等教育)を無償化すると、Aの勉強コストが下がってBと同じになるとしよう。そうすると両方とも大卒になるから、企業はどっちが有能かわからないので、2人をランダムに採用して同じ賃金を払う。有能な労働者はそんな企業には行かないので、無能な労働者だけが来る逆淘汰が起こってしまう。つまり高等教育を全面的に無償化すると、大学のほとんど唯一の効果である情報節約機能がなくなるのだ。

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