森友学園の騒動で、忖度という古風な言葉がよく出てくるのはおもしろい。これは臣下が天皇の「御意」をおしはかることで、これに対して天皇は臣下をしらすという形で受動的に統治する。天皇は監査役のようなものだから、臣下は「上奏」する説明責任を負うが、天皇は事後承認するだけなので無答責である。天皇が判断すると、失敗した場合に責任を負って退位しなければならないからだ。
天皇

この「まつりごと」の構造は、形式的には1000年以上前から同じである。名目的な主権者(プリンシパル)はつねに天皇だが、実権は摂政・関白や将軍などの代理人(エージェント)にあった。幕府の中でも、老中が将軍の意思を忖度して決定を行うので、将軍は合議に参加しない。老中や大目付は1ヶ月交代の輪番制で、すべての役職は二重化して相互に監視させ、特定の家(藩)への権力の集中を防いだ。

このように名目(権威)と実質(権力)を厳格に区別する「日本型共和制」は、権威と権力をもつ独裁者を防いで権力分立を守る巧妙なシステムだが、実権をもつ将軍が建て前上は代理人だという弱点がある。その矛盾を突いて出てきたのが、「幕府を倒して本来の主権者たる天皇に国家権力を取り戻す」という儒教イデオロギーにもとづく尊王攘夷運動だった。

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