パウロ 十字架の使徒 (岩波新書)
子供のころ教会学校に行かされ、毎週パウロの手紙について説教されたが、まったく納得できなかった。2000年前に死んだイエスが、どうやって今の私の「罪を贖う」のか。そもそも彼は処刑されたあと復活したのだから、罪をかぶっていないのではないか…などと論理的に追及すると、パウロの手紙は矛盾だらけだ。

本書もパウロの十字架の神学には、ユダヤ教に固有の「贖罪」と普遍主義的な「ゆるし」が混在していると指摘する。古代ローマ帝国でキリスト教が大流行した原因は、2世紀に疫病が流行したとき、特定の民族に依存しない「救済」を提供したからだと推定されている。それは初期には文字どおり医療による救護で、神を信じる人は誰でも救済した。

パウロはギリシャ語を使うローマ市民だったが、その教祖であるイエスが政治犯としてローマ帝国に処刑されたのは都合が悪かった。そこで彼はイエスが「すべての人類の罪を着せられて十字架で死んだが復活した」という奇妙な神学をつくり、刑罰の道具である十字架を救済のアイコンにした。この巧妙なマーケティングは大成功したが、その矛盾はキリスト教の拡大とともに深刻になった。

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