権力と支配 (講談社学術文庫)
来週からスタートするアゴラ政経塾「ポピュリズムの時代」では、トランプに代表されるカリスマ的支配のゆくえを考える。これはウェーバーの造語だが、カリスマは非日常的な天才であり、制度的に設計できない。国家権力を法律で制度化しても、カリスマの精神的権威は制度化できないので、アメリカ大統領は1年近い予備選と本選挙で選ばれる。大統領の法的権限は弱いが、彼のシンボリックな求心力が国家を統合しているのだ。

これは企業経営で、創業者がカリスマ的な支配力をもっているのと同じだ。経済学の言葉でいうと、例外状態についての残余コントロール権をもっていることがカリスマの条件である。これはカール・シュミットの言葉でいうと「主権者」で、定義によって非日常的な存在だから、日常化するとカリスマ的な魅力を失う。

このようなカリスマの日常化は、国家にとっても企業にとっても大きな試練だ。国家の場合はトランプのように次々に事件を起こして求心力を保つが、企業の場合は次々に大きなギャンブルをする。それ自体は悪いことではないが、あまりにもカリスマ性が強いと、まわりが誰も止められなくなる。その典型が、東芝の西田厚聡社長だった。

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