小黒一正氏によると日銀の保有するETFは約9兆円で、国内ETF市場の6割を占めるという。すでに国債は日銀が最大の保有者だから、日本の株式市場も債券市場も「国有化」されるわけだ。これは金融政策ではなく(日銀法43条による)財政政策だが、株式市場も債券市場も日銀の下支えで安定した。

つまり日銀の量的緩和は、金融政策としては役に立たないが、財政政策としては有効なのだ。これは1980年代以降、経済学者の信じてきた「短期的な景気循環の調整には金融政策、長期的な成長には生産性の向上が必要で、ケインズ的な財政政策は有害だ」というコンセンサスとは違う。

これはケインズ派とフリードマン派(マネタリスト)の長い論争で後者が勝った結果だが、その原因は財政政策は長期的にはインフレを招くだけでGDPは持続的に上がらないという自然失業率理論だった。しかしこれは貨幣の存在しない経済の話で、広義の(国債を含む)貨幣を考えると成り立たない。現在世代は、将来世代から借金してGDPを持続的に拡大できるからだ。ケインズは、またよみがえるかもしれない。
ネズミ講は理論的には可能

普通の新古典派経済学を時間を通じた最適化に素直に拡張すると、こういう結論が出る。大学院で教わる動学的均衡理論(DSGE)では、最適成長経路のまわりを経済が振動することになっているので金融政策で景気循環を安定化するが、長期的には「代表的家計」の計画した軌道に乗ることになっている。

ここでは財政政策や国債を考えていないが、Barroの中立命題によれば、考えても同じことだ。政府が国債で資金調達して財政規模を増やしても、その債務を返済するには増税が必要なので、長期的な成長経路は変わらない。むしろ財政刺激を行なうと、人々は将来の増税を予想して消費を減らし、貯蓄を増やすはずだ。

Barroの理論的予想は実証的には棄却されたが、中立命題はベンチマークとしては有用である。彼は代表的家計の時間視野の中で均衡財政になる(あるいは子孫と利害関係が共通)と仮定しているが、これをさらに拡張し、(利害関係のない)将来世代から借金できると仮定したのがFTPL(物価水準の財政理論)である。

ここでは政府は国債を発行して将来世代から借金し、財政刺激でGDPを持続的に上げることができる。しかしFTPLも(世代を超えた)長期では財政は均衡すると仮定しているので、国民がそれに気づくとインフレが起こる。それによって名目金利が上がり、それによって国債価格が暴落する…という正帰還が発生する。

このネズミ講の非存在(No Ponzi Game)条件は、数学的には横断性(transversality)条件と呼ばれ、これを外すと代表的家計がなくなって最適化の計算ができない。NPGは仮定であって結論ではないので、それを外すと借金は無限に先送りできる。

これは数学的にはトートロジーだが、問題は人々がネズミ講に気づくかどうかだ。永遠に気づかないことは考えにくいので、金利上昇が起こると、Del Negro & Simsのシミュレーションのように、国債バブルが崩壊してハイパーインフレになる可能性がある。それをコントロールすることは理論的には可能だが、現実には金利も物価も発散するだろう。

逆にいうと、人々が果てしなくネズミ講を続ける選択もありうる。だからこれは経済問題というよりデモクラシーの問題で、将来世代が代表権をもっていない限り、現在世代が次の世代に借金を先送りすることは合理的だ。したがって将来世代が報復する手段は、金利上昇しかない。