精神論抜きの地球温暖化対策――パリ協定とその後
2020年以降の気候変動対策の国際的枠組み「パリ協定」が国会で承認されたが、アメリカのトランプ次期大統領は脱退する方針を表明している。世界最大のCO2排出国が脱退すると、京都議定書と同じくほとんど実効性がなくなる。

だが実はアメリカは、脱退する必要はない。パリ協定は拘束力のない努力目標だから、単に無視すればいいのだ。その意味でこれは第1次大戦後の国際連盟のように、リベラルな国際主義の終焉を示す墓標だ。日本政府はまじめにパリ協定を履行するだろうが、その限界費用はスイスに次いで高い。

本書も指摘するように気候変動対策は(排出権取引も炭素税も)成長率を低下させるが、それは必ずしもトレードオフにはなっていない。たとえば炭素税を1万円/トン課税すると石油の価格は33ドル/バレル上昇し、原子力が圧倒的に低コストになるので、CO2を削減すると成長率が上がるのだ
エネルギーのコスト比較は、基本的には勝負がついている。直接コストだけを比べると石炭がもっとも安いが、大気汚染や気候変動のコストを含めると原子力が安い。安全性についても、過去50年の原子力による死者と化石燃料による死者を比較すれば明らかなように、トレードオフは存在しない。

経産省の立てている「電源比率」の計画はナンセンスで、本書も指摘するように「2030年までにCO2を26%削減する」という目標は、原発比率を減らしたら達成できない。本来の目標は電源比率ではなく、エネルギーの(外部性を含めた)社会的コストをいかに最小化するかということで、そういう計算をするには炭素税という形で定量化することが望ましい。

普通に計算すると原子力が有利だが、政治的コストは大きく、炭素税を一国だけでかけると製造業の海外移転をまねく。パリ協定のような作文でも、国際的な「相場観」があるのはないよりましだ。リベラルな国際主義にもそれなりの意味はあるので、WTOのような場で炭素税の国際的な統一を進めてはどうだろうか。