日本の国会――審議する立法府へ (岩波新書)
日本経済の最大の課題は生産性の向上だが、そのボトルネックは非効率的な意思決定だと思う。その典型が、時間ばかりかかって大きな改革のできないガラパゴス国会だ。憲法41条では「国会は、国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である」と定め、内閣提出法案(閣法)についての規定がない。これはGHQがホワイトハウスに法案提出権のないアメリカの制度をモデルにしたのだが、実際には8割以上が閣法である。

国対委員長会談で法案の優先順位が決まり、議院運営委員会で審議日程が決まる。内閣が国会審議をコントロールできないので、自民党は政調会や総務会で事前審査を行ない、審議を党内で前倒しでやってしまう。これは誰もが(野党も)法案に口を出せる「超民主的」なしくみだが、意見のわかれる大改革はできない。小選挙区制のような野党のいやがる法案は、何度も審議未了で廃案になった。

たまに自民党が野党を無視して可決すると「強行採決」と騒がれる国会は、誰もが拒否権をもつ日本的意思決定システムの象徴だ。このシステムを知らないで「政治主導」を振り回した民主党政権は、大混乱を起こしただけで何も実現できなかった。

このようにスパゲティ化した複雑な政治システムの中では、内閣が指導力を発揮することは不可能に近い。それを制度改革で実現しようと、省庁再編で官邸機能を強化したのが橋本首相だったが、彼はそれが実現する前に失脚した。彼のつくった経済財政諮問会議を活用して、スパゲティを踏み超えたのが小泉首相だった。

郵政民営化のときは、事前審査も踏み超えて法案を国会に出したので大混乱になったが、結果的には郵政選挙で圧勝して首相の指導力を印象づけ、一時的に「官邸主導」が実現した。諮問会議に毎回、首相が出席し、竹中平蔵氏を支持したことがその権威を強め、概算要求の前に内閣が予算の「骨太の方針」をつくる改革に成功した。
全員が拒否権をもつスパゲティ構造

スパゲティ構造は法律に書いてない慣例なので、小泉氏のように空気を読まないで無視して選挙に勝てば、踏み超えることもできるが、これは彼のキャラクターと飯島秘書や竹中氏などの優秀なスタッフに依存する「個人商店」だった。第1次安倍内閣は、また昔の自民党に戻ってしまった(国鉄出身の井上義行秘書官には調整能力がなく、竹中氏は辞めた)。

第2次安倍内閣は、その反省にもとづいて菅官房長官が内閣人事局で官僚の人事を掌握し、内閣の指導力が強まった。しかしこれも菅氏の個人的な求心力に依存しているので、次の内閣で続くかどうかはわからない。

このように数多くの人が拒否権をもつ政治システムは制度的につくられたものだが、それを支えているのは江戸時代以来の「稟議」の構造である。そこには国王と議会の対立はなく、国王は名目的な「象徴」で、官僚機構の中でボトムアップで意思決定が行なわれる。誰かひとりでも反対すると、問題は先送りされる。

この構造は大企業も同じで、社長が経営方針を決めることは少ない。ほとんどは現場で「事前審査」された方針が各事業本部の代表である役員から経営会議に上がり、社長は事後承認するだけだ。このようなシステムでイノベーションを実現するのは困難で、それが日本の企業がITで敗れた原因だ。

このような超民主的なシステムは「平時」にはいいが、今のように日本経済が大きく舵を切らなければならない時期には向いていない。戦後70年というのは、明治維新から敗戦までの時間に近い。もう戦後システムも制度疲労の時期に来ているが、これを内部から改革するのは困難だ。戦争や財政破綻のような外的ショックがないと、日本が大きく変わることはできないだろう