スイスの国民投票で、ベーシック・インカム(BI)の提案が大差で否決された。この結果は予想されていたが、Economist誌がくわしく解説しているように、BIは荒唐無稽な政策ではない。そのしくみについては以前の記事でも説明したように、算術的にはフリードマンの提案した負の所得税と同じだが、考え方はまったく違う。

20160604_FBC574_0BIは左翼が平等主義の立場から主張しているのに対して、負の所得税は既存の社会保障を代替することが目的だ。Economistは、カナダの一部で行なわれたBIの実験の結果から「働かなくても金がもらえる」というBIのイメージが、労働倫理に悪影響を及ぼすとしている。それよりEITC(給付つき税額控除)や負の所得税のような形で、労働所得を補助する形が望ましい。

もっと根本的な問題は、国家の役割が20世紀の福祉国家から所得を再分配する分配国家に変質したことだ。図のように日本の社会保障給付(医療を除く)はGDPの15%にのぼるが、ほとんどは年金と生活保護で、公共サービスではなく単なる所得移転であり、コンピュータでもできる。それならもっとも合理的な分配アルゴリズムを設計すべきだ。
社会保障というのは、もともと19世紀にビスマルクが始めた「社会政策」が最初で、社会主義に対抗して労働者の所得を保障する救貧政策だった。マルクスの理論では、資本主義が発達するにつれて労働者は絶対的に窮乏化して革命を起こすことになっていたので、資本家の富を労働者に分配して階級闘争を防ぐことが目的だった。

日本の社会保障は明治時代に始まった軍人恩給が始まりで、これを民間の労働者にも拡大した厚生年金が1938年にできたが、これも戦争による遺族の補償が大きな目的で、戦時体制の一環だった。欧米の公的年金も大恐慌の時期にできたものが多く、「福祉国家」というのは社会主義に対抗し、兵士の生活を保障する政策だった。

このようにアドホックに創設されたため、社会保障の制度はどこの国でも複雑で、それ自体が所得格差の原因になっている。そもそも年齢に応じて所得を再分配するのが不合理で、再分配は所得を基準にすべきだ。そういう観点から今の社会保障を廃止して、最低所得の保障という目的で提案されたのが負の所得税である。

BIの発想はもっと古く、18世紀にトマス・ペインやコンドルセがすべての人に政府が同じ金額を払う平等主義を提案したが、今のようなシステムとBIという名前を提案したのは1968年以降の新左翼だ。これは単純にカネを配るのではなく、高所得者からの税収でそれを埋め合わせるもので、思想的には正反対だが結果は負の所得税と同じだ。

しかしフリードマンが提案してから50年以上たっても、負の所得税もBIも実現しない。それは既存の社会保障をすべて廃止するというラディカルな提案だから、年金生活者や官僚機構が強く反対するのだ。しかし日本では、年金が行き詰る一方、若者の「非正規化」による貧困が大きな問題になっているので、たとえば生活保護だけでも給付つき税額控除に変えるなど、漸進的に移行することを考えるべきだろう。