デイヴィッド・ヒューム:哲学から歴史へ
ヒュームは、歴史上もっとも重要な哲学者である。彼によってカントは「独断のまどろみ」から目覚めたが、ヒュームの否定した「理性への信仰」から逃れることができなかった。ヒュームはデカルト的な自我の存在も疑い、自己の同一性をもたらすのは多くの感覚を統合する「記憶の保持」だという、現代の脳科学とほとんど同じ考えをもっていた。

その意味でヒュームの思想は、時代を大きく超えて現代のポストモダンに通じるが、彼の徹底的な懐疑が最後によりどころにしたのは、歴史だった。「人は生まれながらに平等だ」などというルソーの社会契約論はフィクションであり、人はつねに歴史的に与えられた現実の中に生まれ、経験を通じて自己を形成してゆく。

だから初期に『人間本性論』で哲学を論じたヒュームが、その後半生を全6巻の大著『イングランド史』に費やしたのは自然だった。彼は歴史をランケのように「実証科学」とは考えず、ヘーゲルのように「理性に導かれる必然」とも考えなかった。

彼にとって歴史とは、さまざな意見や利害の衝突が王政と議会の力関係を動かす政治史であり、ここでは17世紀のイングランドの内戦や混乱が、人々の理性ではなく感情の衝突として描かれる。社会秩序を維持するのは法ではなく、人々の共有する慣習である。

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