反古典の政治経済学 上 進歩史観の黄昏
経産省と総務省がIoT推進コンソーシアムなるものを設立して、「21世紀のシグマ計画」と笑い物になっている。何千億円も税金を浪費してもこりないのは、役所の雇用維持のためには、つねにこういうターゲティング政策が必要だからである。

本書は、こうした開発主義がどういう条件のもとで成り立つかを論じた古典的な業績である。著者が開発主義を推奨したと誤解する人がいるようだが、彼はこれを発展途上国のような費用逓減(規模の経済)の大きい場合にのみ適した「ビッグ・プッシュ」戦略と考え、「日本の場合、国の開発主義が放棄されるべきことに問題はない」(下巻p.348)と明言している。

経済が成熟して費用逓増の定常状態になった場合は、開発主義をやめる必要があるのだが、いったん成功した国策を放棄することはむずかしい。開発主義の典型は社会主義で、「幼稚産業」を育成して重工業化を進めるには適しているが、巨大な官僚機構が自発的にその権限を手放すことはまずない。

この意味で、日本のエスタブリッシュメントに利用されて抹殺された田中角栄は、日本経済に開発主義という「呪い」をかけて死んでいったのかも知れない。

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