陸奥宗光とその時代 (PHP文庫)
今週から始まるアゴラ経済塾の第1回のテーマは日韓関係。この問題がいつまでもがこじれる原因は、明治時代にさかのぼる。朝鮮半島は「東のバルカン半島」とも呼ばれ、地政学的な要衝にあって政権が弱体なため、列強の草刈り場だった。

韓国が(請求権を放棄した)日韓基本条約に不満なら、条約改正の交渉をすればいい。明治の日本は、50年近くかけて諸外国と交渉して不平等条約をすべて改正した。この交渉を世界各国とやったのが陸奥宗光だった。

藩閥政府の中で、和歌山藩の出身だった彼が外相になったのは、各国に留学した国際的視野を伊藤博文が評価したからだった。そして列強と対等の独立国家になった日本は、朝鮮の独立をめぐって清と争い、日清戦争が起こる。

陸奥の『蹇蹇録』は日清戦争を記録した外交文書だが、そこに書かれているのは清やロシアとの外交交渉だけでなく、戦争に熱狂する軍部や国内世論との闘いだ。彼の受諾した三国干渉に国民は激怒したが、それは日本の払底した戦力を見きわめた冷静な判断だった。彼のような外交官が30年代にもいれば、日本はあの愚かな戦争には突入しなかっただろう。

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