リクルート事件・江副浩正の真実 (中公新書ラクレ)
今週のアゴラ経済塾「失敗の研究」のテーマは、リクルート。あの事件は企業経営の失敗というより江副の失敗であり、検察とマスコミの失敗でもある。本書はあくまでも江副の立場からみた「真実」で、かなり正直に書いているが、バイアスもある。

リクルート事件の発端になった川崎の事件にはさらりとしかふれていないが、かなり賄賂性の強いものだった。川崎市の再開発事業でリクルートがビルを建てるとき、当時の小松助役がリクルートコスモスの未公開株3000株を譲渡され、それを公開直後に売って1億2000万円の売却益を得たのだ。

神奈川県警がこの事実をつかんで捜査していたが、結果的には立件しなかった。しかし朝日新聞だけが、横浜支局の山本博デスクの判断で1988年6月に報道した。警察があきらめた事件を報道するのは珍しく、かなりの冒険だった。

私も事件の初期に取材にかかわったが、当初はローカルな汚職事件で、あそこまで大事件に発展するとは思わなかった。しかしあれは本当にそんな大疑獄事件だったのだろうか。
「国策捜査」を誘発したバラマキ政治献金

NHKもこの事件をつかんでいたが、最初は朝日の後追いはしなかった。警察が立件しなかったこともあるが、NHKも利害関係者だったからだ。小松助役は再開発地域を「ハイビジョンシティ」と名づけてミニシアターなどをつくろうとしており、NHKもその計画に関与していた。

県警が立件しなかったのは、未公開株の譲渡が1984年で贈賄の時効(3年)を過ぎていたことと、未公開株の取引は普通の商慣習で、助役は代金を払っていたので賄賂と認定するのはむずかしいと判断したためだ。しかしリクルートがビルを受注した直後に容積率が300%から700%に引き上げられており、これが助役の職務権限とされた。

収賄の時効は5年なので、小松助役は川崎市の百条委員会で解職された。朝日は譲渡先の名簿を入手し、そこには当時の中曽根康宏、宮沢喜一、竹下登などの大物政治家がリストアップされていた。朝日はそれを一人一人、裏を取っては1面トップで報じたが、検察は動かなかった。職務権限の壁があったからだ。

しかしこの事件が国会で取り上げられ、社会民主連合の楢崎弥之助が譲渡先名簿の公開を要求したのに対して、8月にリクルートの松原社長室長が議員会館を訪れ、500万円を渡そうとしている場面を日本テレビの隠しカメラで撮影された。

これは明白な現行犯(贈賄未遂)であり、東京地検特捜部はリクルートを家宅捜索し、関係者を次々に逮捕し始めた。国会も消費税の審議は吹っ飛び、竹下首相の秘書が自殺して首相辞任に追い込まれた。これが1989年の参議院選挙で社会党が圧勝し、93年の政権交代にもつながる歴史の転換点だった。

「電電公社」に戻ってしまったNTT

しかし結果的には、有罪が確定した政治家は藤波孝生など2人だけで、むしろNTTのダメージが大きかった。真藤社長だけでなく有力な幹部が有罪となり、民間企業として大胆に方針転換しようとした真藤の方針にブレーキがかかり、保守的な「電電公社」体質に戻ってしまった。

300px-CRAY_X-MP_IMG_9135このときの検察の筋書きは「リクルートがNTTのスーパーコンピュータ(クレイ)調達に便宜をはかった」というものだった。このとき私が撮影したNTT横浜電話局の中のクレイの映像が繰り返し使われたが、リクルートはNTTに賃貸料を払っていた顧客である。客が業者に賄賂を渡すのはおかしい。

ただ江副のやり方も荒っぽかった。有力な政治家に未公開株を渡したのは公開の3ヶ月前で、その資金も全額ファースト・ファイナンス(リクルートの子会社)から融資し、公開直後にリクルートが売却も代行して融資との差額を政治家の口座に振り込んだのだから、賄賂性は強い。

しかし公務員は、その職務に関して金銭を収受しないと収賄罪にはならないため、多くの政治家が起訴をまぬがれた。政治家は役所に「口きき」する事実上の権限があり、首相は国政のすべてに権限があるが、収賄罪の適用は法律で所管する官庁の公務員や閣僚に限定される。藤波はたまたま官房長官だったときの就職協定に関する職務権限を根拠に有罪とされた。

江副が政府税調の委員だったとき、番組に出演してもらったことがあるが、不動産会社の経営者なのに「固定資産税は低すぎる」と批判していた。「ベンチャー企業の経営者が金の力で財界の主流にのし上がろうとした」などといわれるが、そんな感じの人ではなかった。政界の人脈を増やそうという単純な動機だったのだろうが、あまりにも無差別なバラマキだった。

これを野党が激しくたたいたのは当然としても、結果から考えるとマスコミの扱いは大きすぎた。田原総一朗氏もいうように、検察もマスコミにあおられた国策捜査だった。これが90年代以降の政治の混乱につながったので、その影響は今も続いている。