ウォーラーステインも指摘するように、今の大学は中世のユニバーシティとは無関係だ。12世紀にイタリアでできたのは医学や法学などを修行する組合で、フランスやイギリスでは神学校になった。

しかし印刷術の発達で徒弟修行は無意味になり、16世紀ごろまでにほとんどのユニバーシティは消滅した。アカデミーは、こうした大学に対して自由な知識人が集まってできた。アカデミズムは、ユニバーシティの対義語だったのだ。

大学が「第2の誕生」を迎えたのは、19世紀のドイツである。フンボルトがベルリン大学を創設し、官僚を養成する機関として、大学はプロイセン国家の中核に位置づけられた。ここでフィヒテやヘーゲルなどが「ヨーロッパの普遍的な知」としてのリベラル・アーツを広め、それが欧米の大学の新しいビジネスになった。

日本の帝国大学がモデルとしたのは、このドイツ型の「総合大学」である。その初期の卒業生は全員が官僚として採用され、彼らが国家を運営するシステムができた。これも明治国家のコアとして伊藤博文が設計したものだ。

しかし官僚養成機関としての大学の役割も終わった。リベラル・アーツは、インターネットでも学べる陳腐化した知識にすぎない。実験や研究設備の必要な理系の一部を別にすると、現在の多メディア環境で「大学」という入れ物でしかできないことはほとんどない。ウォーラーステインもいうように、これから大学は2度目の死を迎えるだろう。

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