天下統一 - 信長と秀吉が成し遂げた「革命」 (中公新書)
先週のアゴラ経済塾で竹内健さん(元東芝)の話を聞いて、つくづく日本の会社の失敗はどこも同じパターンだと思った。各事業部がタコツボ化して経営陣にもコントロールできず、赤字の事業部が切れないために黒字の事業部から補填するうちに、会社全体が傾いていく。

彼は事業部が江戸時代の「藩」のようなものだといっていたが、その構造はそれほど古いものではない。戦国大名までは、自分の土地を支配して年貢を取り立てる在地領主で、彼らの「家」は自律性が強く、独立の中小企業のようなものだった。これはヨーロッパの封建社会(社団国家)とよく似ている。

これを統一しようとしたのが、織田信長だった。彼が文字通り全国統一を計画していたのかどうかは、最近の研究では疑問視されているが、在地領主の自律性を奪い、自分の支配下に置こうとした。彼のモデルは、秦の始皇帝だったという。その中核となった政策が、国替えだった。土地に根を張った大名を「転勤」させて兵農分離を行なう政策は大名の強い反発を呼び、信長は暗殺された。

豊臣秀吉は信長の政策を継承したが、朝鮮遠征は大名の反発をまねいて自壊した。徳川家康が彼に代わって大名をまとめたが、それは信長の考えたような絶対王制ではなく、中途半端な「家」の連合体だった。これがその後の日本の組織の原型になったともいえよう。

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