監獄の誕生―監視と処罰
アゴラで中沢良平さんの「学校は勉強するところではない」という記事が話題を読んでいるので、ちょっと補足しておこう。

学校が本質的には規律=訓練の装置だという指摘は、フーコー以来ありふれたもので、日本に特有の事情ではない。というより日本の公立学校は、ヨーロッパをまねて明治時代につくられたものだ。それまでも日本には水準の高い塾や寺子屋があったが、それは職業的なスキルを学ぶ少人数の教育の場であり、学校のように集団的な規律をたたき込む軍事的な訓練の場ではなかった。

続きはアゴラで。