ヨーロッパを見る視角 (岩波現代文庫)
自民党システムの基礎になっているのは近代的な政党ではなく、個人後援会という「家」である。この家を維持するのは政策ではなく人間関係であり、木村敏の言葉でいえば「あいだ」である。

こういうシステムは、日本に特有のものではない。フランス語でもsocieteの原義は「世間」という意味に近く、本書はドイツ語のLeuteがそれに近いという。どっちも今では、昔のような意味では使われていないが、中世の文献には日本の「家」とよく似た慣習が出てくる。

阿部謹也があげるのは、12~3世紀に書かれた『アイスランド・サガ』である。この作者が不明なのも「平家物語」と似ているが、そのストーリーも家と家の戦いである。たとえばA家の戦士がB家の戦士に決闘を申し込むと、後者は断れない。決闘の結果、B家の戦士が死ぬと、今度はB家のメンバーはA家に決闘を申し込まなければならない。

この決闘の相手はB家の戦士を殺した人物である必要はなく、A家のメンバーなら誰でもよい。このようなルールは、古くはタキトゥスの『ゲルーマーニア』に書かれており、どこかで両家が手打ちするまで、復讐は永遠に続く。このよう集団が責任をもつシステムは西洋以外でも普遍的で、Greifはcommunity resposibility systemと呼んだ。

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