社会とは何か―システムからプロセスへ (中公新書)
国会のむなしい乱闘は、自民党の圧倒的な存在感に対する野党の無力を改めて印象づけた。政策立案もほとんどしない自民党が、これだけ長期にわたって政権を独占できたのはなぜだろうか。

「社会というものは存在しない。あるのは男と女と家庭だけだ」というのはサッチャーの有名な言葉だが、デュルケームは「社会は物として実在する」と論じた。本書はこのフランス的な理解をもとにして、社会という言葉が特殊西洋的な人工概念であることを明らかにする。

日本語の「社会」はもちろんsocietyの訳語だが、フランス語でも"en societe"というのは「人前で」という意味で、定冠詞なしのsocieteは日本語の「世間」みたいな言葉らしい。それがルソーの時代に「社会契約」といった言葉で、国家から独立した存在になった。フランス革命は社会=一般意志の国家に対する反乱だった。

この社会がハーバーマスのいう「公共圏」だが、その意味での社会は日本には存在しない。人々が世間(親密圏)を超える社会を構築した経験がなく、行政が公共圏を独占してきたので、国は家の寄せ集めでしかない。自民党はこの国=家システムに巧妙に適応してきた。

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