靖国

前に安保法案反対派にとって憲法第9条は教育勅語みたいなものだと書いたが、靖国神社を参拝する人々にとっては、まさに教育勅語が彼らの心のコアにあるのだろう。ここに戦後ずっと変わらない左右の感情的な対立があるが、これは普通の政治的イデオロギーとはかなりずれている。

左翼の一国平和主義は日本以外にないナンセンスなものだが、右翼のいう「国の誇り」もかなり奇妙である。彼らの脳内では靖国神社=国家=日本の伝統で、国会議員がそれを参拝するのは「国を愛するものとして当然だ」という。しかし靖国神社は天皇家の慰霊施設であり、戦前でさえ国家施設ではなかった。

こういう人々が安倍首相を支持するのも、彼が危険な「右翼」としてデモの標的になるのも、彼の愛国心(patriotism)の強さが原因だと思われる。前に私はこれを「長州的ナショナリズム」と書いたが、これは本来の意味のナショナルな意識ではなく、ローカルな郷土愛である。それは世界中どこにもあるが、統一国家を守るナショナリズムは近代西洋でしか生まれなかった。それは日本の伝統ではないのだ。

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