フランス史10講 (岩波新書)
ろくな政策もなく、憲法改正という党是さえ実現できない自民党が60年も生き残っているのは、何が原因なのか疑問に思っていたのだが、そのヒントが思いがけずフランス史の本に見つかった。

最近の研究では、フランス革命は「絶対王制を倒した市民革命」とは考えられていない。ルイ王朝の支配権はそれほど絶対的ではなく、各地の貴族や教会を通じて間接的に徴税し、その代わりに国王が彼らの支配権を「社団」として公認する間接支配だったので、最近はアンシャン・レジームのことを社団国家と呼ぶ。

そして本書によれば、世界史上にはもう一つ社団国家があった。日本の幕藩体制である。藩は地域を統治する典型的な社団であり、それを公認して平和を守った徳川家はブルボン家のようなものだった。日本ではフランス革命のような大戦争が起こらなかったので、明治以降も藩主が政治家などに形を変えて社団国家が残った。

だから自民党は近代的な意味での政党(政治結社)ではなく、地元利益をまとめて中央に公認してもらう社団と考えたほうがいい。社団国家を英語で表現するとcorporatismだから、自民党は中小企業(後援会)の経営者の集合体のようなものだ。日本にはまだアンシャン・レジームが残っているのである。
社団国家を平和的に卒業した日本

違うのは、ここからだ。フランスの場合は多様な社団の中にさらに身分差別や収奪関係があり、特に不在地主に対する農民の反感が強く、それが国家と一体化したカトリック教会への反感と結びついていた。これが一挙に爆発したのがフランス革命だった。

しかし日本の場合は、300もの社団(藩)が10年ぐらいで府県という社団に切り替えられ、それに対する反抗も西南戦争ぐらいしかなかった。同じように地域が細分化されていたドイツでは、プロイセンが実質的に国家を統一するまでに200年も戦争が続いたのと対照的だ。

なぜこのようにスムーズに国家が統一できたのかは不思議だが、最大の原因は、ながく続いた平和の中で人々の中に共通の「空気」が共有されていたことだろう。日本の「家」は中世以降は機能集団(社団)になっており、親族集団ではなかったので、村という地縁集団が解体されても会社という社団に同化できたのだろう。

カール・シュミットが論じたように、政治の本質は「敵か味方か」であり、国家のコアにあるのは互いに味方だという「同質性」だとすれば、長い年月をかけて全国民が味方になったことが日本人の強みだろう。同じような問題は、最近の政治学でもいわれている。欧米の政治学はこれまで法の支配を強調してきたが、国際政治をみれば明らかなように、法を支えるのは価値観の共有であって、その逆ではない。

制度設計の点では、ヨーロッパの前例に学んで、天皇という名目的な君主で精神的に人々を統合したことも賢明だった。共和制だと、武士の支配が軍部支配に移行して、もっと危険な国家になっただろう。このように平和に「レジーム・チェンジ」を実現した明治維新の知恵に学ぶべきものは、まだ多い。