ヒトラーとナチ・ドイツ (講談社現代新書)
戦後初期の西ドイツで「20世紀の中でドイツが最もうまく行ったのはいつか」という世論調査に、40%が「ナチの初期」と答えたという。その原因は、この時期にワイマール期の混乱がおさまり、大量失業やハイパーインフレなどの現象がなくなったためだ。

失業者は1932年の557万人から1939年には12万人へと激減した。その最大の原因は「ケインズ政策」ではなく、毎年100万人以上の徴兵だった。若者たちは、失業する代わりに戦場で死んでいったのだ。

ドイツ

このような形でヒトラーは所得を均等化し、労働組合を解散して国民を国家に動員して均質化(グライヒシャルトゥング)する一方、ユダヤ人を排除して「アーリア人」の民族共同体(フォルクスゲマインシャフト)を建設した。彼はルターとビスマルクに次ぐ、統一ドイツの建設者といわれたが、そこには落とし穴があった。
シャハトの手腕と誤算

この時代を経験したドイツ人の多くは、ヒトラーが「ある種の正常さ」を取り戻したという印象をもったという。20世紀のドイツでは戦争や革命が繰り返され、第1次大戦後はワイマール憲法で混乱が続いたので、それを暴力的に鎮圧したヒトラーが歓迎された気持ちもわかる。ハイデガーやカール・シュミットのような一流の知識人でさえ「力による平和」を歓迎した。

もう一つの要因は、のちに「世界最初のケインズ政策」と呼ばれた財政政策だが、これはケインズとは無関係で、国立銀行のシャハト総裁の手腕に負うところが大きい。彼は財界の代表としてハイパーインフレを収拾し、ヒトラーに請われて経済相として政権に入ったが、ナチの党員ではなく、ホロコーストなどの犯罪にも関与しなかった。

彼が考案した「メフォ手形」は軍事費を調達する手形を国立銀行が割り引くもので、実質的な戦時国債の引き受けだった。これは最終的には政府が償還する予定で、1937年には残高が200億マルクを超えたため、シャハトは発行を停止させたが、ゲーリングが彼を政権から追放して手形の発行を続けた。

これによって際限ない軍事費の膨張が始まり、これが第2次大戦を可能にした。価格統制が行なわれていたため、インフレは起こらなかったが、軍事費は1933年の8倍以上に膨張し、ほとんどのメフォ手形は償還されなかった。それを批判したシャハトは国立銀行も解任された。

シャハト自身は経済運営をコントロールできるという自信をもっていたが、狂信的なナチ幹部からは軍事費の膨張に邪魔になるとして攻撃された。ニュルンベルク裁判では「私はナチではない」と主張して無罪になったが、彼の財政手腕がなかったら、ナチが戦争を起こすことは不可能だっただろう。

これは高橋是清が一時的な方策として始めた国債の日銀引き受けが軍に悪用されたのと同じで、莫大な国債の発行は財政規律を失わせて国家を破綻させる。日銀の黒田総裁がシャハトにならないことを祈りたい。