最近の記事は政治史トリビアみたいになってきたので、これはビジネスにも応用できることを示しておこう。タコツボ型という言葉は、丸山眞男が『日本の思想』で学問体系について使ったものだが、日本の組織を表現する概念としても使われる。たとえばソニーが「カンパニー制」で失敗したのも、もともと閉鎖的な事業部を完全なタコツボにして、全体を統括するのが出井伸之氏のような「弱いリーダー」だったからだ。

湯之上隆氏が日本の半導体について指摘しているのも、同じ問題だ。要素技術としてはいいものがつくれるのに、全体の戦略を立てて実行するリーダーがいない。これが日本型だとすると、いくつかの部門を統合した企業がグローバルに競争する英米型(丸山の言葉でいうとササラ型)の資本主義、中国型の国家資本主義は次の図のようなイメージだ。

中国

日本型はデバイスのようなタコツボの中で完結する製品では強いが、全体のアーキテクチャや世界戦略が勝負のPCやスマートフォンでは、国際分業を統括できる英米型が強い。しかし国家資本主義型のインフラ産業やエネルギー産業では、日本も強い。ではグローバル企業のトヨタが強いのに、半導体が全滅したのはなぜだろうか?

タコツボの規模が小さすぎる

これは経済学ではおなじみの話で、拙著で18年前にまとめた話が、今でも使える。日本企業は、要素技術が完全に標準化され、技術が急速に変化するインターネットのような分野では弱いが、自前の技術だけで勝負できるデバイスや変化の遅いエネルギー産業では強い。

自動車は特別で、もともとガソリンエンジンは確立された技術だったので、ここ半世紀ぐらい根本的なイノベーションはないが、インターフェイスは複雑で標準化できない。このため20世紀前半にはアメリカの垂直統合企業が強かったが、技術が多様化して多品種・少量生産になると、「現場力」の高いトヨタが強くなった。

トヨタの「主査」が製品開発から販売までを統括するプロジェクトチームの「強いリーダー」になれるのも、先進国の自動車市場が成熟して急激なイノベーションがないからだ。市場が大きくなってタコツボ間の関係が安定していると、調整型のリーダーが指導力を発揮しやすい。

これを「すり合わせ」とか「現場主義」などの言葉で美化する藤本隆宏氏などの経営学者は、80年代の話を今も繰り返しているが、こういう製品アーキテクチャは国際分業に適していない。かつてのように企業活動が国内で完結する時代にはそれでよかったが、今ではグローバルな「すり合わせ」の必要な産業は自動車ぐらいしかない。

実は前の図は、アゴラ読書塾で内藤湖南の話をしたとき使ったものだ。近世の日本は300の藩が残る一方、中国は全域を一つの王朝で統治した。ヨーロッパはその中間で、領邦を広域の主権国家に統合した。中国は大きすぎて統治が行き届かないが、日本はタコツボが小さすぎて経済的には停滞した。主権国家は、軍事的な最適規模だった。

中でもイギリスは、国土は小さいが、植民地を利用して世界最大の帝国を築いた。英米企業は、ものづくりでは日本に勝てなかったので、こうした植民地支配の経験が生かせるグローバル化で生き残ろうとした。ここでは現場主義なんて意味がなく、ボトムラインだけを見て意思決定するMBAのノウハウが生きる。

コテコテの日本企業であるトヨタが、こうした「新たな植民地支配」に適応できたのは、先進国の自動車市場が大きく、製品の高級化が進んだからだ。これから新興国の比重が大きくなり、大幅なコストダウンが必要になると、「国内生産300万台」などという義理人情で生き残るのはむずかしい。