大阪都構想をめぐる論争で特徴的なのは、かつての保守・革新という対立が逆転し、もっとも保守的なのが共産党と労働組合で、それを応援する映画監督やテレビタレントが橋下市長を「ハシズム」と批判し、徹底的な現状維持を主張したことだ。
このように伝統を守り、「なりゆき」にまかせてゆるやかに変化してゆくのが日本人の歴史意識だ、と丸山眞男は考えた。表層の文化や政治はいろいろ変わるが、こうした「古層」は古事記の時代から変わらない――という論文「歴史意識の『古層』」が1972年に発表されたときは、(私を含めて)多くの人が丸山が保守化したのかと驚いた。
しかし彼の死後に出版された講義録を読むと、「原型」という言葉が1959年から出ており、それが60年代に「古層」と言い換えられ、のちに「執拗低音」と呼ぶようになったが、意味は同じだ。日本人の意識には、歴史の終末に向かって直線的に進む西洋的な時間はなく、伝統を守って「なりゆき」に従う集団的無意識のようなものがある。
これは一種のソーシャル・キャピタルとして日本の近代化を円滑に進めた原因だが、それが余りにも濃密に共有されていると集団の中の淘汰圧が高くなり、異分子を排除することで集団が滅びてしまう。
続きは今夜23時に配信する「池田信夫ブログマガジン」でどうぞ。
このように伝統を守り、「なりゆき」にまかせてゆるやかに変化してゆくのが日本人の歴史意識だ、と丸山眞男は考えた。表層の文化や政治はいろいろ変わるが、こうした「古層」は古事記の時代から変わらない――という論文「歴史意識の『古層』」が1972年に発表されたときは、(私を含めて)多くの人が丸山が保守化したのかと驚いた。
しかし彼の死後に出版された講義録を読むと、「原型」という言葉が1959年から出ており、それが60年代に「古層」と言い換えられ、のちに「執拗低音」と呼ぶようになったが、意味は同じだ。日本人の意識には、歴史の終末に向かって直線的に進む西洋的な時間はなく、伝統を守って「なりゆき」に従う集団的無意識のようなものがある。
これは一種のソーシャル・キャピタルとして日本の近代化を円滑に進めた原因だが、それが余りにも濃密に共有されていると集団の中の淘汰圧が高くなり、異分子を排除することで集団が滅びてしまう。
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