「日本史」の終わり (PHP文庫)
與那覇潤さんと書いた『「日本史」の終わり』が文庫になった。内容は(細かい訂正を除いて)3年前と同じだが、本書で論じた「江戸時代的」な伝統を客観的に考える必要は、当時より強まっていると思う。

西欧を中心にして歴史を考えるのではなく、中国を中心にして考えると、西欧と日本が等距離に「変な社会」にみえてくる。たとえば法の支配がないのは西欧以外では当たり前で、政治と宗教が分離していないのも当たり前だ。そういう奇妙なシステムができたのは、日常的に戦争を繰り返していた西欧の特殊性によるもので、他の文化圏になじまないのは当然なのだ。
日本は中国と同じく「人治国家」だが、意思決定は中国とは逆にボトムアップで、イギリスに似ている。天皇は1000年以上も前から、憲法なき立憲君主だった。それは左翼のいうような支配構造ではないが、右翼のいうような「美しい日本の伝統」でもない。

ゲーム理論でいうと、天皇は協調ゲームの焦点(focal point)のようなものだ。焦点の必要十分条件は全員がそれを信じることなので、それは天皇でなくてもいい。戦後は憲法第9条が政治の焦点だったが、よくも悪くも、もはや人々は憲法に興味をもっていない。

安倍晋三氏は、おそらく憲法改正に真剣に取り組む最後の首相になるだろう。それが「虚焦点」だったと気づくとき初めて、本当の問題がみえてくるのだ。