A Natural History of Human Thinking
きのうの記事の続き。人類の進化においてコミュニケーションが重要だというのはよくわかっているが、従来は言語と結びつけて論じることが多かった。本書のような最近の研究では、言語は進化のかなり後の段階で発生したもので、類人猿との根本的な違いは協調性だという。

チンパンジーは人間によく似ているが、決定的に違うのは彼らがグループの中で競争はするが協調しないことだ。オスがメスを奪い合う場合も、勝ったオスがメスを独占し、負けたオスはそれに従う(子孫を残せない)。こういう力による支配関係で、定住するグループ内の平和が保たれている。
これに対して石器時代の人類は転々と移動したので、グループが流動的で支配関係は弱く、新しい危険に対応するために協力する機能が発達した。類人猿の脳は特定の機能にモジュール化されたハードウェアだが、人間に固有の新しい脳の機能のほとんどは他人と協調して適応するソフトウェアである。

これが言語と結びつくと、文法などの再帰的ルールになる。たとえば「犬」という命題を「走る」という動詞と結びつけて「犬が走っている」と描写する思考力は、進化のもっとも遅い時期にそなわったので、発現するのは3歳ごろだ。だから幼児教育が決定的に重要で、狼少女のように幼児期に動物に育てられると、その後は言語も思考力も習得できない。

「頭がいい」という場合の能力は、こういう調整能力と思考力で、運動神経などの古い脳の能力は高く評価されない。それは現代社会の生産の大部分が他人との分業で行なわれているためで、協調や推論のできない人は、古い脳の能力が高くても「頭の悪い運動部」なのだ。

このようなpre-play communicationが社会秩序のコアだということは、ゲーム理論でもようやく認識され始めている。昔の理論ではゲームのルール(利得関数)が共有知識だと仮定していたが、実はもっともむずかしいのはルールを共有することであり、他人の行動を学習して推論する能力が人類の進化にとって決定的だったのだ。