キリスト教とローマ帝国
イスラーム国のような狂気のカルトを合理的に理解することは常識的には不可能だが、まったくナンセンスな組織があれだけの規模になるはずがない。そこには彼らなりの合理性があるはずだ(この合理性は「論理的に一貫している」という意味で、望ましいという意味はない)。

本書は、ローマ帝国に弾圧されたカルトだったキリスト教が、逆に国教になるまでに成長した原因を、合理的に理解しようと試みる。もちろん史料が限られているので、多くは推測の域を出ないが、マクニールも指摘しているのは、疫病の影響である。彼はこの時期に人口の1/4から1/3が疫病で死んだと推定している。
疫病は、死の危険という点では戦争と同じだが、その原因をコントロールできない。予防も治療も(当時の医療技術では)不可能なので、残された救済の方法は来世で幸福になれると信じることしかない。これがキリスト教にもイスラームにも浄土真宗にも共通する教義で、こういう来世型の宗教は現世が不幸な時代に大流行する。

とはいえ、すべての信者が来世を信じたわけではない。それを信じる者は聖職者になり、彼らがローマ帝国の弾圧と戦うのを支援するために一般の信者が教会に集まった。彼らは他から隔離されて共同生活し、互いに救護(栄養補給)したので、結果として免疫ができて生存率が上がったと推定される。このような開かれた共同体が、初期キリスト教会の特徴だった。

古代ローマの多くの宗教の競争の中でキリスト教が生き残った一つの原因は、女性の保護だった。古代の宗教の中でキリスト教は女性の比率が高く、また子供が多いのが特徴だ。間引きが当たり前だった時代に中絶を禁じ、離婚や自殺や自慰を禁じたのはこのためだ。カトリック教会は、多くの子孫をつくることで信徒を増やしたのだ。

多神教は当時のローマ帝国にはたくさんあったが、多すぎて求心力が弱かった。一神教もあったが、古代ローマは宗教的に寛容だったので、ただ乗りしやすかった。必要なとき教団の保護を受け、いらなくなったら逃げるフリーライダーが多いと、教団は維持できない。

キリスト教は異教に比べると戒律がきびしく、献金などの負担が大きいが、これはフリーライダーを防ぐしくみとして機能した。献金などのサンクコストは棄教すると失われるので、退出障壁になる。これは贈与の普遍的なメカニズムである。

1世紀にはカルトだったキリスト教は、このような独特の教義と教会共同体と当時の環境が複合して成長し、最後はローマ帝国の国教になった。このように古代ローマの国家権力と一体化した時期のキリスト教は、今のイスラームに似ている。イスラーム国はその異端の一つだが、こういう武闘派の寿命は短い。