ニューズウィークのおまけ。黒田総裁は実質的に2%のインフレ目標を撤回したが、こんなことは最初からわかっていた。学問的には通説を確認しただけだが、それをおさらいしておこう。
こういうターゲティング政策の最初は、1960年にフリードマンの提案したk%ルールである。これはマネーサプライ(今のマネタリーベース)の増加率をk%に固定して中央銀行の裁量を制限するもので、このときフリードマンはインフレ目標も検討したが、「実現手段が多すぎて裁量的になる」として否定している。

彼がこういうルールベースの金融政策を提案した最大の理由は、ケインズのような裁量的なマクロ政策が「大きな政府」をまねくという懸念だった。これは当時はほとんど問題にされなかったが、70年代にスタグフレーションが深刻化すると、非裁量的なルールで中央銀行を拘束する政策が注目された。

しかしk%ルールは、うまく行かなかった。最大の原因は、中央銀行はマネーストックをコントロールできないことだ。k%ルールでは物価はいくら動いてもいいので、マネタリーベースを固定すると物価が激しく変動する。カーター政権でボルカーFRB議長の採用した政策がマネタリストだといわれるが、これはk%ルールではなく、金利を上げて物価を下げる裁量的な政策だった(フリードマンは反対した)。

こうしたマネタリスト路線が成功して物価が安定したため、インフレ目標が採用されるようになった。これはk%ルールとは違ってインフレ率を目標にするものだが、中央銀行の緩和に歯止めをかける受動的ルールだという点は同じで、もともと「2年で実現する」といった期限を設けて積極的に実現するものではない。そんな期限を設けているのは日銀だけだ。

これはきのうの記事のイスラーム国の問題と関係がある。金融緩和は多くの場合、事後的には合理的なのだ。それはリフレ派が錯覚しているように、コストなしで景気を刺激できるようにみえるが、実際にはバブル崩壊というテールリスクを取っている。その典型が、80年代後半の日銀や2000年代のFRBである。

だから過剰な緩和を制限するために中銀の裁量を拘束するのがインフレ目標なのに、黒田総裁はその思想を理解していないので、超裁量的な巨額の量的緩和をやってしまった。これは中銀の作り出した史上最大のバブルである。FRBの場合は住宅債券だったが、今回は国債だから、被害はすべての国民に及ぶ。

黒田氏の「2年で2倍」という政策の期限は、今年4月である。彼はポパー的な合理主義者なので、反証を素直に認め、出口戦略に切り替えることをおすすめしたい。日銀は世界の中銀で唯一、量的緩和から平和裡に撤退した実績をもっている。それに学ぶためには――当然辞任する――岩田副総裁の後任に、白川元総裁を迎えてはどうだろうか。