きのうの言論アリーナでは「国民をバカにした総選挙に注文する」と題して、小選挙区制のもとで政治がワイドショー化する原因を考えたが、これは小選挙区制に固有の問題ではない。そもそも「民意を正確に反映する選挙」という考え方がまちがっているのだ。
私がNHKに勤務していたころ、よくいわれたのは「コメントは主婦にわかるように書け」ということだ。民放はもっと低レベルの視聴者を想定しているが、これは彼らがバカだからではない。民放の社員も本当はNHKのようなまじめな番組をつくりたいのだが、客をバカにした番組ほど視聴率が取れるのだ。

同じように選挙も、国民をバカにした党が勝つ。これはデモクラシーの本質的な欠陥である。たとえば、今「増税に賛成か反対か」という国民投票をしたら、反対多数になるだろう。国民投票で決めたら、増税は永遠にできない。全員参加のデモクラシーは、国家の意思決定には適していないのだ。

いろいろ問題はあるが、アメリカの議会政治がこれまで250年も続いてきたのは、それが制限デモクラシーだからである。権限の弱い大統領や上下院のねじれなどによってポピュリズムを抑制したことが、合衆国憲法の偉大な知恵だった。

日本で危険なのはヒトラー型の独裁者ではなく、近衛文麿から安倍首相に至る「空気」に弱いポピュリストである。「老人独裁」に抵抗する政党が皆無になった日本は、大政翼賛会の時代に近づいてきた。