「マルクスは新自由主義者だった」と書いたら驚いている人がいるので、いま書いている『グローバル資本論』(仮題)から引用しておこう。NYタイムズのトム・フリードマンは、『フラット化する世界』でこう書いている。
『共産党宣言』の予言にはいささかびっくりした。マルクスがこれを1848年に上梓したとは、とても信じられない。彼は世界が入り組んだ国境などない一つのグローバルな市場になるかもしれないと見た最初の一人だ。いま『共産党宣言』を読むと、産業革命中に世界をフラット化した力をマルクスが明敏に指摘し、なおかつその力が現在に至るまで世界をフラット化する流れを予測していたことがわかり、畏敬の念にとらわれる。(上巻 pp.329~30)
マルクスとエンゲルスは、『宣言』の冒頭で「ヨーロッパに亡霊が出る――コミュニズムという亡霊が。ヨーロッパの老大国は、こぞってこの亡霊を退治すべく神聖な同盟を結んだ」とコミュニズムの影響力を誇った。
ブルジョア階級は、世界市場の開拓を通して、あらゆる国々の生産と消費を国籍を超えたものとした。反動派の悲嘆を尻目に、ブルジョア階級は、産業の足元から民族的土台を切り崩していった。民族的な伝統産業は破壊され、なお日に日に破壊されている。それらの産業は新しい産業に駆逐され、この新たな産業の導入がすべての文明国民の死活問題となる。
資本主義も当時はグローバルではなく、世界のGDPに占める貿易額の比率は10%にも満たなかった。20世紀初頭には現在の半分ぐらいの比率に達したが、1930年代のブロック経済化でグローバル化は逆転し、植民地の独立によって貿易の比重は下がった。それが戦前と同じ水準に戻ったのは70年代だった。
 
マルクスの時代には、グローバル資本主義は遠い夢だったが、トム・フリードマンにとっては自明の現象だ。彼にとっては文明とはアメリカのことであり、それによって世界をフラット化する資本主義は、無条件に世界を進歩させるものだ。マルクスは『資本論』の草稿で、グローバル資本主義が各国の古い社会を破壊して世界を統合するダイナミズムを「資本の文明化作用」と呼んで肯定した。
資本はまず市民社会を作り出し、また社会の構成員を通じて自然と社会的関連それ自体の普遍的な領有とを作り出す。ここからして資本の偉大な文明化作用、つまり資本による一つの社会的段階の生産が出てくるのであり、これに比べればそれ以前のすべての段階は、人類の局地的発展と自然崇拝として現れるにすぎない。
彼の考えた「自由の国」は、グローバル資本主義が世界各国の「局地的発展」を破壊し、国際分業が広がりつくした先に、労働者がそれを統合する「世界株式会社」のようなものだった。彼の未来社会についての構想ははずれたが、グローバル資本主義についての彼の予言は、よくも悪くも正しかった。

資本主義は歴史上に類のない急速な成長をなしとげたが、それは富を資本家に集中し、彼らが「蓄積せよ、蓄積せよ」という資本主義の鉄の必然性に従うためだった。その富は国境を超え、主権国家のコントロールも超えて、オフショアに集まり始めている。21世紀に始まっているのは、マルクスの予言したグローバル資本主義とナショナルな政府の闘いであり、マルクスは前者の味方なのだ。