The Theory of Corporate Finance
今年のスウェーデン銀行賞(通称ノーベル経済学賞)が、Jean Tiroleに決まったようだ。珍しく妥当な授賞である。彼は大きなブレークスルーをやったわけではないが、企業理論を整理して完成させた功績は大きい。彼の産業組織論ゲーム理論の教科書は、いまだにスタンダードである。

本書は「企業金融」と銘打っているが、Brealey-Myersのようなビジネス本ではなく、現代の企業理論の集大成である。上級者向けだが、その第1章がウェブにあるので、政策担当者はここだけでも読んでほしい。いろいろな企業統治システムを理論的に検討した彼の結論は、ベストのシステムはないが、株主資本主義が相対的にすぐれているということだ。
ヨーロッパの「ステークホルダー型」も日本の「労働者管理型」も、うまく行く場合があるが、特殊な条件に依存している。株主価値の最大化という単純な目的関数は、普遍的でわかりやすい。その欠点は労働市場の不完全性が大きいと機能しないことだが、これは雇用を流動化する制度で補うしかない。その逆に雇用を最大化する「人間的」な企業は、資本を浪費して衰退することが多い。

特に本書でくわしく分析しているのは、企業買収である。これはアメリカでも一攫千金のいかがわしい仕事とみられる傾向が強いが、一時は衰退したアメリカ経済が活性化した最大の原因は、M&Aによる企業コントロールの市場が確立したことが大きく寄与している。金融工学は手の込んだ詐欺みたいなものだが、企業価値を評価して買収を仲介する機能は、アメリカの投資銀行に見習うべきものが多い。

この点で日本経済の最大の疫病神は、バカで無責任な北畑隆生次官に代表される経産省の官僚だ。せっかくKKRが手がけたルネサスの買収も、彼らがつぶしてしまった。満州国から継承された岸信介の国家社会主義こそ、日本の克服すべき最大の戦後レガシーである。