日中韓を振り回すナショナリズムの正体
これは書評ではなく訂正である。本書は「ナショナリズム」という概念を正確に理解しないでずさんな議論をしているが、論評以前の事実誤認が目立つ。最大の誤認は、中心テーマである慰安婦問題だ。本文をそのまま引用する。
半藤 今の安倍内閣は、従軍慰安婦という太平洋戦争中に存在したものに、当時の日本軍や官憲が関与したという証拠がないと言っています。それは正しいでしょう。

しかし業者がやったことであっても、少なくとも裏側で軍なり官憲なりが従軍慰安婦を認めていなければ、実際のところ、戦場やそれに近いところで兵隊に女性を世話するような店を業者が開けるわけがない。当時の日本が国家として関与したのは明らかだと、韓国では皆が怒っているんですね。(pp.64-5)
これは歴史学のレベルではなく、新聞でも校閲ではねられる程度の初歩的なミスである。今まで何度も書いたように、日本政府が「軍や官憲が関与したという証拠がない」と言った事実はない。政府は1992年に関与を認めて謝罪しており、これは争点ではない。韓国が謝罪を求めているのは「強制連行」だが、その事実はない。

このあとも半藤氏は「軍は関与していません。官憲は関与していません。業者が勝手にやったことです。だから日本政府はこれに責任がありません。政府がそう言うと…」などと同じ趣旨の話をくり返しているので、これは言い間違いではない。しがたってこのあとのナショナリズムがどうとかいう説教は、すべて見当違いである。

この対談は8月5日に朝日新聞が大誤報を認めた後に行なわれ、慰安婦問題が大きなテーマだ。それなのにこんな初歩的な間違いをくり返し、しかも保阪氏がそれを訂正しないで相槌を打っているのは大丈夫か。彼は朝日新聞の第三者委員会のメンバーだが、慰安婦問題についての事実認識には疑問が多い。少なくとも上記の部分は、重版で訂正する必要がある。Kindle版は、ただちに訂正すべきだ。