現代思想 2014年8月臨時増刊号 総特集◎丸山眞男 -生誕一〇〇年- (現代思考)
今年は丸山眞男の生誕100周年だが、記念出版もこの『現代思想』ぐらいしかない。もう忘れられたのか、あるいは彼の代表した「戦後民主主義」が消えたからか知らないが、この雑誌を読んだだけでも丸山学派は終わったんだなと思う。特に「丸山が生きていれば秘密保護法や集団的自衛権に反対したはずだ」という杉田敦氏のインタビューには、暗澹たる気分になる。

しかしそれは丸山の思想の寿命が尽きたということではない。逆である。彼の射程が大きすぎて、エピゴーネンにはその全容が見えないのだ。この点を辛うじて指摘しているのが、田中久文氏のエッセーだ。彼は丸山の天皇論の変遷を追いながら、若いころ天皇制に象徴される「無責任の体系」を指弾した丸山が、晩年にはそれを日本の一つの伝統として理解するようになったという。
この点は、ここに収録されている丸山の1985年の論文「政事の構造」に明らかだ。これは彼の到達点を示す傑作であり、これを読むだけでこの雑誌を買う値打ちがある。その結論は、最後に単純明快な形で要約される。
政事が上級者への奉仕の献上事を意味する、ということは、政事がいわば下から上への方向で定義されている、ということでもあります。これは西洋や中国の場合と、ちょうど正反対と言えます。ガヴァメントとか、ルーラーとかいうコトバは当然のことながら、上から下への方向性をもった表現です。[…]ところが、日本では「政事」はまつる=献上する事柄として臣のレベルにあり、臣の卿が行なう献上事を君が「きこしめす」=受け取る、という関係にあります。
天皇は、このようなボトムアップの意思決定を事後的に正当化する記号だった。このような「日本型デモクラシー」がうまく機能する条件は限られている。よほど小さな集団の中か、それとも大きな社会の中でもタコツボ型に仕切られた構造が必要だ。それが近代戦を戦うのは、構造的に不可能である。

しかし戦前の日本は、その不可能なことをやってしまった。だから学問的に重要なのは、それが侵略戦争だったどうかなどという結果論ではなく、なぜそんなことができてしまったのかということだ。この点について丸山は、答えることを避けている。昭和天皇の崩御の際にも、いっさいコメントしなかった。

天皇が記号だとすれば、それを成り立たせているのは、記号の物質的な内容ではない。1万円札が1万円の価値をもつ根拠は、その紙としての価値ではなく、それを支える信頼にある。マルクスが貨幣を王にたとえたように、君主とは多かれ少なかれ物神化された存在である。しかしそれが単なる記号だとわかってしまうと、いつでも取り替えることができ、革命が起る。

歴史上の革命は、このように記号(シニフィアン)がその意味(シニフィエ)から切り離されたとき起ることが多い。このためシニフィアンの正統性を語る神話がつくられ、王のシニフィエを疑うものは排除される。しかし天皇家は、1000年以上前にシニフィエを失ったまま、純粋のシニフィアンとして続いてきた。

それはモダンな政治学では理解できない、ポストモダンな君主である。丸山は一般化を避けているが、日本の企業にも同じ構造がみられる。その長所と短所も一対だ。「それは病理現象としては決定の無責任体制となり、よくいえば典型的な独裁体制の成立を困難にする要因でもあります」。

こういう観点からみると、靖国神社に代表される「国家神道」は俗悪なでっち上げ宗教だが、それは記号として機能した。230万の兵士が「靖国で会おう」といって散っていったのだ。それは見事なマーケティングだが、それを可能にしたのは何だったのか。日本人の「古層」には、そういう闘争本能がひそんでいるのか――丸山の残したあまりにも大きな問題は、その後の「戦後リベラル」には問題とさえ認識されていない。