世界精神マルクス
ジャック・アタリというのは、日本ではありがたがる人もいるようだが、本書の訳者も正直にいうように、かなりいかがわしいフランス社会党の御用学者である。本書もマルクス伝としては二次資料ばかりだが、マルクス論としては重要な指摘をしている。

それはマルクスがグローバル資本主義を発見したということだ。彼は労働者の同盟を「インターナショナル」と名づけ、最初からグローバルな闘争として組織した。それは当時としては自明の方針ではなかった。左翼の多くは(今と同じように)自由貿易に反対していたからだ。マルクスは、そういう保護主義を断固として斥けた。
労働者にとって非常に都合のいい状況とは、資本の拡大のときである。[…]自由交換は古い国民を壊し、プロレタリアートとブルジョアジーの対立を極端にまで進める。ひとことでいえば、自由交換は革命を促進するのだ。(「自由貿易問題についての演説」)
しかしマルクスは、100年以上早すぎた。彼がはるか将来に展望したグローバル資本主義は、いま現実となりつつある。それは彼の予想したように既存のあらゆる秩序を解体し、人々をバラバラの個人に分解する破壊力をもつ。

ピケティはグローバル化を肯定するが、国際資本移動によって不平等が拡大することを懸念し、「グローバルな資本課税」を提唱する。それは格差の拡大が政治的な保護主義を勢いづけ、規制強化をまねいて資本主義を危うくするからだ。ピケティは資本主義を守るために資本課税を提案しているのだが、それは彼も認めるようにユートピアにすぎない。

社会主義の元祖としてのマルクスは忘れられたが、いま彼が注目されているのは、グローバル資本主義の先に未来社会を構想したことだ。この点で彼はハイエクと同じモダニストであり、サイードの批判するオリエンタリストでもあった。資本主義が「あらゆる毛穴から血と油を滴らせて生まれてきた」暴力的なシステムであることも、マルクスは指摘していた。

だが、資本主義以外の成長モデルはあるのだろうか。マルクスが構想したアソシエーションは、ある意味では日本で実現されたが、それは資本主義より短命だった。中国の「社会主義市場経済」にも限界がみえてきた今、世界がグローバルに統合されることは歴史的必然だというマルクスの「世界精神」に、われわれは引き戻されるのである。