中国思想と宗教の奔流 (中国の歴史)
中国を理解することは、これからの日本にとってきわめて重要だが、西洋の社会科学にはその道具がない。王国斌もいうように、経済的には中国は18世紀まで世界の最先進国であり、その挫折は普通の経済学では理解できない。概念装置から作り直さないと、中国はわからないのだ。

その歴史を勉強すると印象的なのは、学問と政治の距離が近く、両者がほとんど同一になっていることだ。中国では読書人という称号が最高の讃辞だが、それは知識人という意味とともに、高級官僚(士大夫)を意味していた。文書管理能力が、エリートの必要十分条件だったからだ。本書はそれを強調し、唐と宋の歴史を儒学を中心に描いている。
文書能力で官僚をスクリーニングすることは合理的である。トマセロもいうように、音声言語はすべての人類が使うが、文字を使う能力は訓練しないと身につかないので教育を必要とする。それは歴史的にも新石器時代以降であり、国家の成立と関係があるのだ。

人間の日常的な行動のほとんどは、文字の必要ない肉体的・感情的なものだ。石器時代には、それが99%だっただろう。しかし多くの人間を国家として組織するとき、計算が必要になる。たとえば「戦争が恐い」というのは自然な感情だが、そういう感情のままに行動する人だけでは国家は滅亡してしまう。そういう感情をコントロールして人々を組織するエリートには、合理的な計算能力が必要なのだ。

儒学の「先憂後楽」という言葉は、中国のエリートの倫理をよく示している。士(官僚)は庶(民衆)に先んじて将来のことを計算し、庶の生活が安定したら自分も楽な生活をする、というのが彼らの理想だった。実際にどうだったかは別として、情報処理能力がエリートの条件であり、それを定量化する尺度が儒学だった。

学説の内容はあまり関係なく、40万字以上もある四書五経を丸暗記することが情報処理能力のシグナリングだった。科挙の実態も公平な試験ではなく、宰相の息子が首席で合格したりしたが、その本質は能力主義ではない。科挙は、高度な記号処理能力をもつ人だけが民衆を支配するという正統性の源泉だったのだ。

これは西洋の歴史とは対照的だ。ここでは権力の源泉は、すべての民衆の内面を支配する救済の力だった。カトリック教会は軍事力をもたないが、誰が天国に行くかを決める精神的権威を独占していた。皇帝はその権威で国家を正統化するために教会を支配しようとし、宗教改革や市民革命はそれに対する反乱として起こった。

しかし儒学は官僚の支配技術だから、もともと庶民には関係なく、救済を提供するものでもない。天国は存在しないので、それを勉強するメリットもない。このため民衆は文字を読まず、国家を信用しない。本書は、このように人々の内面に浸透できなかったことが儒学の弱点だという。それはしょせん民衆の生活とは無関係な学問だからである。

ウッドサイドも指摘するように、中国の官僚はこの民衆との距離を埋めることができなかった。西洋では政治と宗教の距離が近すぎるため、キリスト教が人々を熱狂させて戦争が繰り返され、両者を切り離す近代国家ができたが、中国では人々が精神的にバラバラで政治に参加しないので、戦争はあまり起こらないが民主政治も生まれなかった。

このように国家の精神的権威が弱く、むき出しの暴力や金銭でしか人々を支配できないことが、中国の伝統的な弱点である。今のところ経済成長が続いているから共産党政権の求心力が保たれているが、成長が止まると危ない。毛沢東思想は儒学以上に中身がなく、民衆は誰も信じていないからだ。