「美味しんぼ」が問題になっているが、率直にいって大騒ぎするような話ではない。そもそも単なる漫画であり、フィクションである。作者は「鼻血の原因は放射能だ」と思っているらしいが、この漫画は彼の思い込みを証明していない。

彼は何か誤解しているようだが、mSv程度の低線量被曝で鼻血が出ることはありえない「プロメテウスの罠」のデマについて書いたように、原爆などで一挙に数Sv以上の致死量の放射線を浴びた場合は、幹細胞が死んで血球の減少や下痢、血便などが起こることがあるが、この場合はほぼ即死だ。3年もたってから鼻血が出たとすれば、それは放射線とはまったく無関係である。
かりに放射線で鼻血が出ることがあるとしても、1例の鼻血からいえることは何もない。それは岩上安身氏の「お待たせしました。福島の新生児の中から、先天的な異常を抱えて生まれて来たケースについてスペシャルリポート&インタビューします」という「スクープ」が、何の証拠にもならなかったのと同じだ。原発事故で奇形児が生まれるかどうかは、統計的に有意かどうかで決まるので、1例からは何もいえない。

…といってもわからない人がいるので説明しておくと、たとえば「タバコを吸うと癌が増える」というのは統計的に有意な命題である。武田邦彦氏のような頭のおかしい人物以外には、それを否定する人はいない。次の図のように吸う人の発癌率は、明らかに吸わない人より高いからだ。


これは国立がん研究センターが9万人を10年追跡して、吸う人と吸わない人を比較した疫学調査である。喫煙者が1人、肺癌で死んでも、その原因がタバコとは断定できないが、無関係だとはいえない。生物学的には因果関係があるからだ。タバコのリスク(確率的な期待値)は大きい。あなたがタバコを吸っている男性だと、癌になる確率は64%も上がる。

このように統計的に考えると、福島で1例の鼻血が見つかっても、因果関係については何もいえない。被災地で統計的に有意に鼻血が増えた場合には関係があるといえるが、そういうデータが出る確率はゼロである。低線量被曝で鼻血が起こる生物学的メカニズムが存在しないからだ。

今回の騒動は「反原発派は確率も統計も理解していない」という反原発派の第1法則の一例である。これは全称命題なので一つでも反証がみつかると否定されるのだが、不幸なことに今のところ、この法則の例外を見たことがない。