潜在成長率とか需給ギャップという概念は、中高年のみなさんの勉強した「どマクロ」経済学には出てこないので、わかりにくいようだ。最近のニューケインジアンの教科書のモデルを使って簡単に整理しておこう。

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潜在成長率というのは長期の概念なので、ここでは投資水準が一定で物価が変化する「中期」を考える。総需要ADと総供給ASが一致する(需給ギャップがゼロの)GDPの水準Yを潜在GDPとすると、この状態でインフレ率Pも一定になる。このときインフレ率そのものはゼロとは限らず、たとえば-1%で一定していてもよい。重要なのは、人々の予想インフレ率と実際のインフレ率が一致することだ。

ここでエネルギー価格が上がったとすると、総供給曲線はAS'にシフトし、潜在GDPはY'に下がって失業率が上がり、インフレ率はP'に上がる。これが1970年代の石油危機のとき起こった負の供給ショックである。このとき欧米諸国はGDPを元の水準に戻そうと財政支出(総需要)を増やしたため、物価がP*に上昇してスタグフレーションに陥ったが、日本はまだ成長率が高かったので、このショックを総供給の増加で乗り超え、物価は数年でPに戻った。

今の日本で起こっているインフレも、こども版に書いたように、原油高による供給ショックと考えられる。原油価格が2.5倍になったのは、70年代の10倍ほどではないが、かなり大きな供給ショックである。そこに円安が重なり、民主党政権が全原発を止めてショックを拡大した。このショックの波及過程は
  1. 総供給曲線がAS'にシフトして潜在GDPがY'に下がる
  2. 物価が予想を超えてP'に上がる
  3. 実質賃金が下がって労働市場に超過需要が発生する
  4. 予想インフレ率が上がって名目賃金が上がる
  5. 企業収益が下がって総需要曲線がAD'にシフトする
  6. インフレ率が下がってPで安定する
という経路をたどる。今はこの3の段階にあると思われ、供給ショックとともに、公共事業で総需要を追加した影響で、インフレ率がP'に上昇している。標準的なマクロ理論が正しいとすれば、これから予想インフレ率も名目賃金も上がり、P'はPに近づく。これからも電気代が上がるので物価は上がるが、予想インフレ率はエネルギー価格の上昇率に近づく。

このインフレがどの程度、悪性になるかは政策運営に依存する(AD曲線は政策変数)。この不況を増税のせいと誤認して公共事業で総需要を増やすと、建設業で労働力が不足し、P*のようなスタグフレーションに陥る。潜在GDPがY'に下がったのだから、一時的に総需要を増やしても、インフレ率だけが上がってGDPは元に戻ってしまうのだ。

これから警戒すべきなのは、こういう日本経済の実態に見合って円が弱くなり、さらに負の供給ショックがかかることだ。1ドル=110円以上になると輸入物価がさらに上がり、インフレと金利上昇のスパイラルに陥るおそれがある。金融政策は、このインフレを縮小することを目標にすべきだ。「インフレ率2%」には何の根拠もない。

追記:ジョーンズの教科書(邦訳Ⅱ:pp.186~90)にAD-ASを使った石油危機とスタグフレーションの説明があったので、リンク先と説明を一部変更した(ジョーンズの説明はこの記事と少し違う)。