きのうメルマガでこういう質問を受けた:
昨今の円安で期待された輸出が伸びないことが明らかとなり、「期待と違う」みたいなコメントが多くなってきましたが、もう何十年と現地移管等をやって来たことが何故偉い経済学者や政治家には理解できないのでしょうか?
これは(私を含めて)ほとんどの経済学者に予想できなかったと思う。アベノミクスに否定的な人でも、インフレで実質金利が下がれば円安になって輸出が増えるというリアルな効果はあると考えていた。ところが実際には、円安になっても輸出は増えず、輸入が増えた。原発停止によるLNGの輸入増という一時的な要因を除いても、貿易赤字はGDPの2%という空前の水準である。

その一つの原因は、アジアの契約企業に素材供給して製品輸入するサプライチェーンの変化で、円安になっても輸出価格が下がらないことだ。しかし為替レートが大きく下がればサプライチェーンを変更するはずで、1ドル=105円ぐらいが定着すれば工場は戻ってくるという説もある。

しかし歴史の前例をみると、そういうことは起こらないだろう。たとえばイギリスの貿易収支は19世紀前半に赤字になったまま200年近く、黒字になったことがない。このような空洞化は国内の雇用喪失をまねくが、大英帝国は繁栄した。それは貿易赤字を埋め合わせて余りある投資収益(所得収支の黒字)があったからだ。

日本も、同じような移行局面にあると思われる。日本の自動車メーカーは3/4を海外生産しており、電機メーカーも製品輸入が輸出を上回った。いったん海外に直接投資をすると、それを回収するまで撤退することはない。もともと日本は「六重苦」といわれるほど、賃金以外のコストも高いので、日本と縁を切ったメーカーが戻ってくることは考えられない。


日本の交易条件

図のように交易条件(輸出物価/輸入物価)は悪化しており、2000年以降に4割以上も下がった。日本の立地条件は、急速に悪化しているのだ。この傾向が逆転したのは2009年に原油価格が暴落してエネルギー収支が改善したときだけだが、その後の迷走するエネルギー政策で、交易条件は悪化の一途をたどっている。

空洞化は、日本経済全体でみると必ずしも悪いことではない。大英帝国が海外投資で繁栄したように、グローバル化で収益を上げればGDPは維持できるが、国内の雇用は減る。これも労働人口の減少を考えると必ずしも悪いことではないが、単純労働の賃金は下がり、ピケティのいうように国内の格差は拡大する。

sala
世界の所得分布(ドル/年)

しかしグローバルには、格差は縮小している。Sala-i-Martinなどの実証研究によれば、図のように1970年から2006年にかけて、世界の貧困率は80%下がり、1ドル/日以下の絶対的貧困者(図の左側の縦線より左)の数も60%減って1億5000万人になった。これは中国が「世界の工場」になった影響が大きい。空洞化は日本にとってはよくないことであっても、世界にとってはいいことなのだ。そしてこの傾向は逆転しないだろう。