Capital in the Twenty-First Century
資本家と労働者の所得格差はマルクス以来の問題だが、新古典派経済学には所得分配の理論がない。しいていえば限界生産力説というナイーブな理論があるが、これは資源配分の理論であり、アメリカなどで深刻化している極端な格差の問題を解くことはできない。

本書は『21世紀の資本論』という壮大なタイトル通り、マルクスのテーマに数量経済史の手法で挑み、国富や所得分配についての膨大なデータを集めて理論的に説明しようとするものだ。その結論は単純で、著者が資本主義の第一法則と呼ぶのは、次の式である。

 α=r×β
ここでαは資本分配率(資本収益/所得)、rは資本収益率、βは資本/所得比率である。これは会計的な恒等式だが、所得分配が資本収益率で決まることを示している。αは歴史的に次の図のような「U字型カーブ」を描いている。20世紀初めにはアメリカの所得分配はヨーロッパより平等だったが、第一次大戦から第二次大戦までの期間にヨーロッパの資本分配率が大きく落ち、アメリカのほうが不平等になった。この傾向は戦後も続いた。

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この所得分配の変化を限界生産性で説明することはできない。著者は、これを説明する仮説として、次のような資本主義の根本的矛盾を示す。gを成長率とすると、rとの関係は次の式であらわされる。

 r>g

gは経済全体の成長率だがrは資本蓄積率なので、rがgより大きいと資本収益のシェアが高まり、それを投資することで資本/所得比率が高まり、上の第一法則で資本分配率が上がる…という循環が起こり、不平等化が進むというのが本書の基本的な仮説である。世界の歴史を通じてrはつねにgより大きいが、税引き後でみると次の図のように両大戦の時期だけr<gになっている。

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戦争や恐慌によって資本が破壊され、特に海外投資が植民地の独立などによって失われたため、戦後ヨーロッパの資本分配率は下がり、アメリカより平等になった。ヨーロッパではアメリカほど資本蓄積が進まなかったので、分配は平等で戦後の成長率は高かった。成長率が資本収益率より高いと成長率も高まる。

戦争に負けて資本が破壊された日本とドイツの成長率が高かったのも、資本ストックが英米の水準に追いつく過程と考えれば不思議な現象ではなく、日本の場合は一人あたりGDPがイギリスに追いついた段階で成長が止まった。1990年代以降、新興国の参入で世界の成長率が上がったが、これも資本蓄積が進むにつれて逆転し、不平等化が進むだろう。

要するに、資本過剰による格差拡大が、この200年の資本主義に一貫してみられるというのが著者の結論である。特にアメリカでその傾向が強く、上位1/100に所得の約20%が集中している。これはアメリカの資本収益率がヨーロッパや日本より高く、資本/所得比率も高いことが原因だ。

このような資本過剰は、人口が減少して成長率の下がる国でもっとも顕著にあらわれる。その例が日本である。第二次大戦後、欧米の水準にキャッチアップする過程ではg>rだったが、80年代に逆転した。90年代にはバブル崩壊で成長が止まり、r>gになって企業の貯蓄超過が起こり、賃金が下がった。

本書の仮説はラフだが、200年間の全世界の統計データに裏づけられ、説得力がある。資本過剰の対策として、著者はグローバルな資本課税を提案しているが、この実現性には疑問がある。いずれにせよ日本のデフレの原因がこのような長期停滞による資本過剰だとすれば、これを金融政策で是正しようとするのはナンセンスである。