「侵略」をめぐる話になると強い反応が出てくるので、ちょっと補足。大英帝国を支配したのは産業資本家ではなく、資産をもつジェントルマンだった。彼らは国内では紳士的だったが、植民地では「残酷で獰猛なやり方で支配した」とブリュアは書いている。
イギリス人が紳士的なのは、長い伝統の中でコモンローが成立しているからだが、植民地にはコモンローが通用しないので、ジェントルマン出身の官僚がインドに派遣されて直接支配した。当初の東インド会社による支配は1857年のインド大反乱を鎮圧したあと、本国の直轄統治に改められ、イギリス人は軍事力を使ってインドを搾取した。

それは従来いわれてきたように、イギリスの産業資本家が支配したのではない。インドの第一次産品はイギリスに輸出されたが、それを上回るインフラ投資がインドに対して行なわれ、インドの所得収支は貿易黒字を大幅に上回る赤字だった。この海外投資で潤ったのは、イギリスの産業資本家ではなく金融資本家だった。

この投資による支配構造を維持するため、インドの産業は徹底的に規制されたので、インド資本の企業は育たなかった。インドの綿製品がイギリスの製品と競合しないように、綿花を栽培する農夫の指は切断された。輸送インフラで国内経済が統合できないように、各州ごとに鉄道の幅を変えてインド経済を分断し、カースト制度を固定して大反乱の再来を防いだ。

イギリス人も認めるように、大英帝国のインド支配は300年以上にわたる史上最大の侵略だった。しかしイギリス政府はそれを侵略だと認めたことはなく、もちろん謝罪も賠償もしていない。彼らは当時、イギリスの「進歩的な制度」をインドの遅れた社会に移植して近代化したと考えていた。それを今の価値観で裁いてもしょうがない。

20世紀になってイギリスをまねて東アジアを支配しようとしたのが日本だったが、朝鮮や満州へのインフラ投資が収益を生む前に戦争に負けてしまった。それを英米が東京裁判で「侵略」として裁いたのは、戦勝国として当然の権利だ。サンフランシスコ条約を受け入れた日本が、それを指弾する権利はない。戦争とはそういうものである。