日露戦争史 - 20世紀最初の大国間戦争 (中公新書)
JBpressの記事について、ちょっと補足。日本は(豊臣秀吉を除くと)朝鮮と戦争したことはないが、軍事的に支配したことは事実だ。それがよかったか悪かったかを問うのは、当時のイギリスのインド支配がよかったかどうかを問うのと同じ愚問だが、それがなかったらどうなったかを考えることには意味があるかもしれない。

当時の朝鮮半島は「東アジアのバルカン半島」であり、李朝の政権がきわめて脆弱だったため、いずれにしても独立国としては存続しえなかった。日本が併合しなかったら、朝鮮半島はロシアの領土になっただろう。世界の関心は朝鮮がどうなるかではなく、それをどこの国が取るかにあった。
日清戦争は問題外の清を除外しただけで、1ヶ月半で終わった。本当に大変なのは、日露戦争だった。日本が勝ったのは、旅順やら日本海海戦やらの司馬遼太郎的な活劇のおかげではなく、日英同盟のおかげだった。当時世界最大の強国だった大英帝国は、東アジアへのロシアの南下を防ぐために日本を橋頭堡として使ったのだ。

日本もイギリスもロシアも、他国を武力で占領する大義名分があったかといえば、なかった。そんなものは、どこの国にもなかったのだ。そういう価値判断ぬきに、朝鮮半島を日本が1945年まで支配したことがアジアにとってよかったか悪かったかといえば、ロシア(ソ連)が支配するよりましだったといえよう。

日露戦争の前に国内で論争になっていたのは、ロシアが満州を取って日本が朝鮮を取るという満韓交換論だった。これに賛成したのが伊藤博文などの穏健派で、どっちも取ろうとしたのが山県有朋などの強硬派だった、というのが通説だが、本書によれば実際は山県もロシアと戦争する気はなかったという。日本にそんな戦力はなかったからだ。

だから満韓交換論に近い形で話がまとまるところだったが、1902年に伊藤が日本にいないすきに山県が日英同盟を結び、これがロシアを刺激した。その後の対露交渉でも、日本側が韓国の中立化や満州の領土保全などを求めてロシアと対立し、1904年に日本側から交渉を打ち切って開戦した。結果的にはまさかの辛勝で、これをきっかけに日本はアジアのリーダーになった。

日本にとっては日露戦争ははるか昔の話だが、ロシア人にとってはそうではなかった。彼らは満州を自分たちの領土と考えていたので、ソ連は第二次大戦末期に逆襲し、朝鮮半島の北半分を「侵略」したのだ。気の毒だが、こうした歴史の中で韓国人の意思はまったく考慮に入れられていない。国際政治の中では、軍事力のない国に発言力はないのだ。
政治とは他の手段をもってする戦争の継続である――ミシェル・フーコー