ノア・スミスの記事がちょっとおもしろいのでコメント。日本では、金のある人には権力がなく、権力のある人には金がないという(與那覇潤氏のいう)地位の非一貫性がある。これは遅くとも江戸時代に始まるもので、その原因を丸山眞男は徳川幕府の意図的な政策だとしている。『「空気」の構造』122~3ページからから引用しておこう。
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徳川幕府の地位は不安定だったので、幕府は徹底的な相互監視システムをつくり、農民を土地に縛りつけ、貨幣経済を制限して米で徴税し、鎖国によって海外との交流を断ち切ることによって260年以上の長期にわたる平和を実現した。それを支えた江戸時代の「文治主義」が成功した要因を、丸山は次の5つに分類している(『講義録6』148~9ページ)。
  1. 兵農分離に基づき、支配身分としての武士を他の三民から隔離した
  2. 武士を細分化された階層的構成をもつ家産官僚行政職にまで馴致した
  3. 武士内部の身分的ヒエラルヒーを社会生活の典型として全社会に拡充した
  4. 階層化されたさまざまの特殊社会を各々の「場」に釘付けした
  5. それらの特殊社会のよって立ついかなる価値も絶対価値とならないようにチェック・アンド・バランスを作用させた
このような徳川幕府の統治原理を、丸山は集中排除の精神と呼んだ。そこでは軍事力が全国300の藩に分散され、権力が武士に集中する一方で富は商人に集中したため、幕府に反抗する勢力が富を蓄えて革命を起こすことがむずかしい。
 
他方、こうした「分割統治」システムは、人や物の移動を阻害して経済的な停滞をもたらし、才能ある者も身分制度に阻まれて埋もれてしまう、福沢のいう「門閥制度は親の敵」という状況を生み出した。同時代のヨーロッパでは大規模な宗教戦争で何百万人が死んだことを考えると、「徳川の平和」は誇ってよい歴史かもしれない。
 
幕末に来日したアーネスト・サトウは幕藩体制は「政治的停滞を安定と取り違えている」と評したが、「これは少なくとも初期には意識的な取り違えだったのである」と丸山は評している(同161ページ)。
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日本が長期停滞に入ることは避けられないだろう。生産年齢人口の減少による成長率の低下は労働市場改革で避けられるが、需要不足は避けられない。エネルギー価格の上昇も政策で避けられるが、政権にやる気がないのだからどうしようもない。

しかし人々の幸福度は富とほとんど相関がなく、自分の生活に意味があるかどうかが大事だ。江戸時代の平均寿命は40歳前後で平均年収は今の1割ぐらいだったが、人口の圧倒的多数を占める百姓には自治を認め、経済を支える商人には権力はないが非課税で、その富を文芸や美術に使った。その結果、江戸は世界でも最高水準の文化を生み出した。

貧しくても権力と富を平等に分配して幸福度が下がらない生き方を、江戸時代の人々は工夫したのかも知れない。その間接的な証拠は、日本でキリスト教が普及しなかったことだ。それは不幸な時代に流行するので、日本社会の幸福度は相対的には高かったのではないだろうか。ここには、これから衰退する日本が学ぶべき知恵があるような気がする。

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