江川紹子さんから疑問があったので、簡単に説明しておく。日本は憲法を改正して、普通の「戦争のできる国」になることが望ましい。それは戦争を起こさないためだ。これは直観に反するので、次の図のような展開形ゲームを考える。図の矢印は行動で、下の数字はその場合の両国の利益である。
war
これは囚人のジレンマなので、ナッシュ均衡はA(戦争)しかないが、それを避ける手段がいくつかある。一つは長期的関係で互いに協力することが均衡(サブゲーム完全均衡)になるようにすることだ。これは同盟国との互恵関係に相当する。

しかしこの戦略は、互いに信頼できる場合しか使えない。どっちの行動をとるかわからない中国に対しては、まず先制攻撃しないというコミットメントが必要だ。中国が何もしないとき日本が一方的に攻撃すると(C)、中国の利益は最悪(-2)になるので、それを避けようと攻撃するおそれがある。

中国が攻撃した場合に日本が反撃しないと(B)、中国の利益は最大(2)になるので、先制攻撃には必ず反撃する必要がある。日本が「戦争のできない国」になってAの選択肢を除外すると、中国が攻撃した場合の利益は2なのに対して、攻撃しなかった場合は0か-2なので、先制攻撃することが中国の最適戦略になる。

要するに戦争を抑止するには、Gatもいうように、一方が攻撃したとき他方が反撃できないという非対称性をなくす必要があるのだ。非対称なBとCを除外すれば、選択肢はAとDだけになり、D(平和)がパレート最善になる。これは「相互確証破壊」としてよく知られており、結果的にも核兵器のおかげで人類は近代で最長の平和を実現した。

憲法第9条第1項で「国権の発動たる戦争」を放棄し、第2項で「戦力を保持しない」と規定しているのは、自衛戦争も放棄する(Aを除外する)と解釈されて危険だ。「自衛戦争は放棄していない」という(現在の政府の)解釈は第2項と矛盾する。「先制攻撃を放棄する」と改正し、戦力の保持を明記したほうが戦争のリスクは低下する。