アゴラこども版のネタに困って冗談半分で書いたゴードン・ゲッコーのネタに意外に反響があったので、ちょっとまじめにフォローしておこう。

「ウォール街」という映画は日本でもヒットしたが、実際にアメリカで起こった事件をもとにしている。映画では、ゲッコーという企業買収で大もうけする悪役に対して「正義の味方」の主人公が対抗してゲッコーは検挙されるという筋書きなのだが、ゲッコーを演じたマイケル・ダグラスのほうが格好よく、アカデミー主演男優賞を受賞したのもダグラスだった。
この映画で有名になった"Greed is good"というせりふは、そのモデルになったアイヴァン・ボウスキーが講演でいった言葉で、80年代の企業買収ブームを象徴する言葉になった。ただ実際の事件ではボウスキーは単なる裁定業者で、本当の主役は「ジャンク債の帝王」といわれたマイケル・ミルケンだった。彼のひきいるドレクセルの債券トレーダーはビバリーヒルズにオフィスを構え、敵対的買収の技術としてジャンク債を開発した。

これは日本でいえば、ホリエモンのやったように新興企業が老舗企業を買収しようとする場合、買収対象の企業の資産を担保にして債券を発行してLBOするのだ。これなら自己資金がなくても、たとえばフジテレビを買収してその資産を売却すれば借金は返せる。しかし買収に失敗したら、この債券は紙屑になるので、ジャンク債(上品にいうときはハイイールド債)と呼ばれた。

ジャンク債はリスクが非常に大きいので高い金利がつくのだが、市場が発達していなかった時期には金利が高すぎてあまり流通していなかった。そこでミルケンは、新興企業のジャンク債を低い金利で引き受けて資金を提供する代わりに、債券をドレクセルの顧客に売って企業買収を成功させ、巨額の利益を得た。

この債券手数料だけなら合法だったが、TOBがかかるとフジテレビのように株価が何倍にも上がるので、この利益のほうが大きい。ただミルケンが買収相手の株式を買うとインサイダー取引になるので、ボウスキーなど多くの仲介業者をダミーに使い、彼らにTOBの情報を教え、それによって上げた利益の一部をキックバックさせていた。これがインサイダー取引として1988年に検察に摘発された。

ミルケンは合法だと主張したが、司法取引で有罪を認めて合計11億ドルの罰金を払い、二度と証券業界ではビジネスをしないことを条件に釈放され、その後は教育事業などをしている。ドレクセルは倒産し、企業買収ブームはいったん終わったが、その後また盛んになり、今のアメリカの企業買収総額は、ドレクセル事件のころよりはるかに多い。

映画ではゲッコーが悪役とされたが、ジョージ・ギルダーマイケル・ジェンセンのように、ミルケンを金融技術のイノベーターとして評価する意見も多い。この事件のあと、アメリカの企業は「ポイズン・ピル」などの買収防衛策を強化し、各州でも敵対的買収を禁止する規制が行なわれたが、成功したM&Aのほとんどは友好的買収である。

他方、日本は主要国の中で企業買収が極端に少ないことで知られる。JETROの調べによると、昨年の海外企業による日本企業の買収は136億ドルと、世界の買収総額6897億ドルのわずか2%である。このような新陳代謝の不足が無能な経営者と非効率な企業を温存し、日本経済の活性化をはばんでいる。

この原因は規制ではない。日本の資本市場には公式にはほとんど規制はなくなり、参入障壁はないのだが、株式の持ち合いと経産省の国家社会主義が資本市場の発展を阻害している。最近もルネサスをKKRが買収する案件を経産省が横取りし、実質的に国有化してしまった。資本市場で企業の再編成が柔軟にできるようになると、彼らの好きな「ターゲティングポリシー」の出番がなくなるからだ。

Greedは利他的感情に逆らうのできらわれるが、人々が自分のgreedを追求した結果として社会が繁栄する、というのがアダム・スミス以来の資本主義の原則である。雇用を守っているだけでは企業が硬直化し、国内投資が増えない。安倍首相が本気でゲッコーに日本を買ってほしいと思っているのなら、まず経産省の資本市場に対する干渉を禁止し、日本を普通の資本主義にすべきだ。

こうしたテーマについて、アゴラ読書塾で今日から3ヶ月にわたってセミナーを開きます。第1回目は、今夜6時30分からUstreamで無料で公開します。申し込みは今日まで。

追記:けさの日経新聞でも、エルピーダの坂本元社長が「政投銀に見放されたのが最後」といっている。国に救済してもらったつもりが、かえって「外科手術」を遅らせる結果になった。こういう介入は、ルネサスを最後にすべきだ。